第14話 攻防戦②

「ありがとう。後は、俺に任せろ」

 まりんちゃんの優しさに触れ、奮起ふんきした細谷くんは前を向いたまま、まりんちゃんにしか届かない声で力強くそう言った。

「うん」

 ぎゅっと、愛情を込めて手を繋ぎ返した細谷くんに、頬を赤らめたまりんちゃんは嬉しくも優しく返事をする。

 自分からそっと手を離すと細谷くんは槍を構え、シロヤマめがけ突進した。

 もう大丈夫。もう、一人じゃないから。

「頑張れ。細谷くん」

 大切な人に愛される喜びを感じながら、まりんちゃんはそっと細谷くんに声援エールを送る。決して、振り向かずに。

 いつまでも、喜びを噛みしめてはいられない。

 すぐさま気持ちを切り替えるとまりんちゃんは、精悍な表情をして前方を睨め付けた。


「きみってホント、諦め悪いよね」

 構えた槍を前に突き出し、突進してきた細谷くんの先手攻撃を、手持ちの大鎌で以て防いだシロヤマがそう、半ば呆れたように低い声で毒を浴びせた。再び鋭利な槍と大鎌の刃が交差し、火花が散った時のことだった。

「そうらしい。けどこれが、おまえの命取りになるのは明白だ」

 シロヤマの毒舌攻撃に怯むことなく、諦めが悪い点を認めた細谷くんは気取った笑みを浮かべて宣戦布告。

「さァ、始めようぜ。男同士の、本気の戦闘けんかをよ」

 張り詰めた空気が辺りを満たす最中、緊張の面持ちで細谷くんと刃を交差するシロヤマは、ぐっと力を込めて大鎌を振るう。野球のバットをスイングする要領でシロヤマが大鎌を振ったその弾みで、細谷くんが後方へと飛び退いた。

 シロヤマがすかさず大鎌を振りかぶり、緑色に光り輝く、三日月形の刃を飛ばす。

 細谷くんが、前方から飛来するそれを睨め付けた、次の瞬間。シロヤマが飛ばした光の刃が、細谷くんの目と鼻の先でぴたりと止まったではないか。宙に浮いたまま、微動だにしない光の刃を、さらに眼光鋭く睨め付けた細谷くん、魔力で以て細長くするとシロヤマに撃ち返す。

 咄嗟に構えた大鎌で以て、弾丸と化した光の刃を受け止めたシロヤマ、大鎌にかかる重力に身体がついて行けず、そのまま土埃を上げて後方へと、引きずるように押し退けられた。


 おかしい……今まで、勝てると思っていたのに。この短時間で急に、細谷くんが強くなった気がする。

 すんでの所で持ち堪え、力の限り大鎌を振るい、光の刃を勢いよく遠くへ飛ばしたシロヤマは違和感を覚えた。細谷くんを警戒しつつ、腑に落ちない表情をするシロヤマはふと、何かに気付く。赤いロングコートのフードを被った女の子の後ろ姿が、槍を片手に仁王立ちする細谷くんの肩越しから見えていた。

 なるほど……そう言うことか。

 右手に銀の剣を携え、凜然と佇むまりんちゃんの後ろ姿を視認したシロヤマはにやりとした。

 細谷くんが、なんでいきなり強くなったのか……これで分かったぜ。

 おそらく、細谷くんはまりんちゃんから堕天の力を『借りた』んだ。だから、こんな短期間で強くなった……なら、もう少し、細谷くんと戦えるな。そんで、どさくさに紛れてまりんちゃんを連れて屋上から脱出する。問題は、セバスチャンさんだけど……


 再び敵同士となった細谷くんとの戦闘けんか決着ケリをつけるのと同時に屋上から脱出するには、そこからシロヤマを監視するセバスチャンさんの目をくぐらねばならない。立場も力量もシロヤマより格上のセバスチャンさんだけは、敵に廻すととてつもなく厄介である。ミッション達成のためにも、シロヤマ自身が消滅しかねないほどのリスクをどう回避するか……そんなことを考えている最中だった。

 うん?

 再び腑に落ちない表情をしたシロヤマはもう一度、細谷くんの肩越しからまりんちゃんの後ろ姿を確認する。凜然たる佇まいの、赤ずきんまりんちゃんのその先を凝視すること一分。ようやく異変に気付いたシロヤマの表情が、みるみる青ざめる。

「ンナッ……! なんでカシン様がここに――」

 プラチナ製の大鎌を携え、廃墟ビルの屋上に降臨した死神総裁カシン様が威圧感を漂わせ、赤ずきんまりんちゃんと対峙しているではないか。

「見たら分かる……モノスッゴイ、ヤバイヤツやんっ!」

 驚愕するあまり、最後の部分がなぜか関西弁になってしまったが、冷や汗をだらだら流しながら面食らうシロヤマは、激しく動揺したのだった。


 別の事に気を取られているシロヤマが見せた、ほんの一瞬の隙を、細谷くんは見逃さなかった。右手に槍を携え、廃墟ビルの屋上を疾走した細谷くんは思い切り地を蹴り、飛び上がる。

「……っ?!」

 両手で柄を握り、槍を振りかぶって突進して来る細谷くんの存在にシロヤマは気付いたが、時すでに遅しであった。

 このまま行けば、先手を打つ細谷くんの圧倒的勝利……になる筈だった。この時に起きた事は、細谷くんもシロヤマも想定外だったに違いない。シロヤマに食らわそうと細谷くんが振り下ろす槍の尖端せんたんが硬い何かに触れ、銀色の閃光が迸った。

 瞬時に二人の間に割って入ったセバスチャンさんが背筋を伸ばし、垂直に構えたサーベルの細い刃で以て、顔面に迫る槍の尖端を受け止めたのだ。


 セバスチャンさんが盾代わりに構えたサーベルから放たれた、銀色の閃光せんこうで目がくらんだ細谷くんが後方に飛び退き、退避。

 空いている左手を後ろに組み、サーベルを構えた右手一本で細谷くんの攻撃を食い止めたセバスチャンさん、付着したちりを払うため、ヒュンとサーベルを一振りした。

 寸分すんぶんの隙がなく、威圧感を漂わせて佇むその後ろ姿は、絶対的な権力と地位に君臨する王族の専属執事兼SPを彷彿ほうふつするほどの強さと気品さがあった。

「一瞬とは言え、対戦相手に隙を見せるとは……失望しましたよ。ガクトくん」

「セバスチャンさん……」

 振り向きざま冷視し、しごく冷ややかな言葉で以て怒りを表わすセバスチャンさんを、シロヤマはポーカーフェースで見据えた。

「後は、私が引き受けます。君はこのまま、先へ進んで下さい」

「……申し訳ないですけど、細谷くんとの決着がまだ、ついていないのでそれはあとまわしに……」

 張り詰める空気が漂う最中、シロヤマはばつが悪そうに返事をした、その時だった。セバスチャンさんがギロリとシロヤマを睨め付けたのは。

「お忘れですか? 今の君には、無し遂げなければならない、最優先すべき指令があることを」

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