第13話 攻防戦①

 絶体絶命のピンチに陥るまりんちゃんの面前に、青江神社あおえじんじゃの最高神がなんの前触れもなく颯爽と現れた。

 容姿端麗の神様が放つ神々こうごうしいオーラと、頼もしくも安心感のある雰囲気が辺りを満たす。空気の流れが変わったのは、突然のことだった。息詰まるほどのプレッシャーが、青ざめた表情で身をすくめたまりんちゃんを襲う。

「……始まったようだな」

 ぴりぴりとした空気の流れを読み、真顔を浮かべる神様がそう、冷静沈着な雰囲気を漂わせながらも声を低くして呟く。

「そなたの出番だ」

「えっ?」

 面と向かって、唐突に出番と告げられたまりんちゃんは、きょとんとした。

「たった今、この先でいくさ勃発ぼっぱつしたらしい。おおかた、シロヤマと健悟の二人が対戦しているのだろう。今のところは健悟が有利に見えるが、実力が段違いのシロヤマの方が強い。健悟がシロヤマに破れるのも、時間の問題だ」

 まるで、神様自身がその場に居合わせているかのように現状を察し、分析をする。

 まさに神業かみわざと言えよう。それを実際に目の当たりにし、驚愕したまりんちゃんは流石、神様……と感心した。のだが……

 イヤッ……! 感心してる場合じゃないから!

 と言うことにすぐ気付き、まりんちゃんは内心、自分で自分自身につっこんだのだった。


「細谷くんがピンチなら、助けに行かなきゃだけど……」

 そこまで言いかけて口をつぐんだまりんちゃんは、不意にうつむいた。

 死神総裁カシン様と実際に対戦してみて、まりんちゃんは細谷くんよりも力が弱いことを痛感した。

 自分自身が助太刀すけだちなんてできるのだろうか。堕天の力を駆使して地球上のありとあらゆるものを動かすことや、武器などを具現することはできても、カシン様に太刀打ちできない自分自身が、強力なシロヤマと対戦なんて……それを思うと、自信を失くしてくじけそうになる。そんなまりんちゃんの心を見透かした神様が、優しく微笑みながらも口を開く。

「まりん。実力も立場も、シロヤマよりカシンの方がずば抜けて上なのだよ」

「ですが……私は、弱い人間です。シロヤマだけでなく、セバスチャンさんとも対戦しなくてはならない。自分で……自分の身を護ることすらできない私が彼らと対戦して、勝ち目はあるのでしょうか」

 戦意喪失したまりんちゃんの言葉から、迷いが見える。面前に佇む神様はまたしても、まりんちゃんの心を見透かした。

「勝ち目はないだろう」

 面と向かって、真顔でばっさりてた神様はすかさず、

「そなた、一人のみではな」

 気取るような笑みを浮かべて言葉を付け加えた。自信と余裕のある神様の言葉から、まりんちゃんは少しばかりの希望を見出したような気がした。


 希望の光が宿る眼差しで、まりんちゃんはふと顔を上げると、面前で佇む神様を見詰める。

「案ずるな。そなたがどこに行こうと、必ず援護する。私が傍についている限り、死神やつらには手出しさせん」

 しっかりとまりんちゃんの目を見詰めて断言した神様に、まりんちゃん自身、違和感を覚えた。

 この場所にいるのはまりんちゃん本人も含め、神様と死神総裁カシン様の三人だけである。これは思い込みなのだろうか……いや、それは思い込みではなかった。神様の身体越しに見える何かを凝視したまりんちゃんは思わず、息を呑む。

 不穏さの中に神々しい雰囲気が漂うこの場所にもう一人、誰かがいる。両肩に、金色の飾り房が付いた留ね金つきの銀白色のコートを羽織り、背中くらいまである白髪を、灰色の紐で一つに結んだその人は、こちら側を背にしているため、どんな顔をしているのか分からなかったが、よほど体格のいい男性のようだ。身長百五十五センチのまりんちゃんよりも背が高い神様が、華奢きゃしゃで小柄に見えるほどに。

 青江神社の最高神の他にもう一人、まりんちゃんにとって強力な助人すけっとがここにいる。凜然りんぜんたる姿で佇む神様と背中合わせになって佇む長身のその人に、まりんちゃんは胸を躍らせたのだった。


***


 強い力を内に秘めた魔女や魔法使い、和と洋を織り交ぜた装いの剣豪の合わせて七人を、己の魔力で以て具現し、対戦相手を威圧させる。そこまでは、細谷くんの狙い通りだっただろう。しかしいくら魔力を駆使して仲間をつくてもそれは、対戦相手のシロヤマよりも攻撃力が弱い細谷自分の分身に過ぎない。つまり、まったくの見せかけなのだ。

 細谷くんと対戦するシロヤマは、交戦開始後すぐ、それを見抜いた。と言うのも、武器にもなる大鎌を駆使して、次々と攻め込んで来る人間と対戦するうちに、彼らの攻撃力が細谷くんとまったく同じであることに気付いたからだ。それからが早かった。細谷くんの戦術を見破ったシロヤマは己の魔力で以て、銀色のよろいを身に纏う七人の戦士を具現にし応戦、機敏きびんな身のこなしで細谷くんが創った人間達をぎ倒して行き、王手をかける。


「きみの分身も、大したことないね。冥界の中で強者に入る俺の分身に、呆気あっけなくやられちゃってさ」

 さりげなく、得意げに自己アピールしたシロヤマがそう言って、細谷くんを嘲った。

「今のはほんの、小手調べだ。俺の本気はこんなもんじゃねェ……」

「その辺にしとけよ。どんなに凄んでも現状は変わらない。この勝負、俺の勝ちだ」

 その顔には薄ら笑いが浮かんでいたが、声のトーンは低く、細谷くんに触発され、凄みを利かせているように思えた。勝利を確信したシロヤマが大鎌を振りかぶり、細谷くんめがけ突進する。

 威圧感漂うシロヤマにはったりを見破られ、万事休すの細谷くんがこれまでか……と諦めかけた、その時。

「……っ!!」

 金色に光り輝く結界が発動。細谷くんを包み込む、半円形状の結界にシロヤマが振り下ろす、大鎌の刃が直撃。金色の波紋を描き、高音を轟かせた。


 細谷くんが張ったにしては、随分ずいぶん頑丈がんじょうな結界だな。

 直感で警戒したシロヤマは、すばやい身のこなしで後方へと下がる。

「そのままで、聞いて」

 背後から聞こえたまりんちゃんの声に従い、細谷くんは前方にいるシロヤマを睨め付けながらも、耳をそばだてた。

「約束を破ってごめんなさい。どうしても気になって、細谷くんを追いかけて来ちゃった。そしたら、細谷くんがくれたお守りの中から神様が現れてね……頑張れ、死神に負けるなって、力を貸してくれたの。効果抜群のお守りをくれたお礼に、細谷くんには私の力を分けてあげる。だから……」

 細谷くんと背中合わせになりながら、小声で話しかけるまりんちゃんはそこで一旦区切り、

あきらめないで」

 左手でぎゅっと、細谷くんと手を繋ぎ、微笑みながら励ました。

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