第11話 お守り②

 流石、死神総裁の肩書を持つだけのことはあって、カシン様の脅しは実に効果覿面こうかてきめんである。

 威圧感を漂わせるその死神ひとに怯え、まりんちゃんは後退りした。が、目に見えない壁に当たり、一歩も動けなくなってしまった。それが、カシン様が張った結界であることに、まりんちゃんはすぐに気付く。

 いよいよ、ヤバイところまで来た。そんな絶望感を抱きながらも、冷や汗の浮かぶ蒼白い顔で、まりんちゃんは死を悟る。

 普通の人間ならここでもうTheendジエンドだが、絶対そうはならない。なんてたってまりんちゃんは、死神が使う神力しんりょくよりも強い堕天だてんの力の使い手なのだから。

 ゆえに、まりんちゃんは死を悟っても、それを受け入れる気はもうとうない。面前に佇むカシン様に向かって、まりんちゃんは冷めた口調でこう言った。

「そうね。私もいい加減疲れたし、ここいらでやめておこうと思うわ」と。

 赤いロングコートの右ポケットに入れたお守りを、右手でぎゅっと掴んだまりんちゃんは、細谷くんが傍にいなくて心細さはあるけれど一人じゃない、と自身に言って聞かすと面前に佇む死神と戦う決意をしたのだった。



 半年間にも及ぶ鍛練の結果、頭でイメージしたものを具現化にし、地球上のあらゆるものを動かす念動力を兼ね備えた特殊能力として、まりんちゃんは堕天の力を使いこなせるようになっていた。

 堕天の力で以て具現した銀のつるぎを手に、果敢かかんにも死神結社の長に立ち向かう。しかし……

「ただ闇雲に剣を振りまわすだけでは到底、勝ち目はないぞ」

 そう、冷やかな視線を投げかけて言い放ったカシン様は、まりんちゃんが思っている以上に手強かった。

「そんなこと……言われなくても分かってるわよ!」

 ひらりひらりと攻撃をかわされ続けること数分。くっと唇を噛んだまりんちゃんは憤慨した。

 むかつくけど、今のは正論だ。まりんちゃんは今まで一度も、剣術を習ったことがないので、うまく剣を扱えないのだから。カシン様の指摘を認めながらも、まりんちゃんの反抗する気持ちが、納まりそうになかった。


 結界と言う名の檻の中で、まりんちゃんとカシン様が対峙する。実際はそんなに経っていないだろうが、冷や汗の浮かぶ凛々しい表情でカシン様を睨め付けるまりんちゃんには、その時が十分以上長く感じられた。

「そろそろ、観念する気になったか?」

 背丈を越す、プラチナの大鎌を右手に持ち、涼しい顔をしながらも威圧的態度でカシン様が迫る。フンッと、冷笑を浮かべたまりんちゃんは強気に返答。

「この私が、観念するわけないじゃない」

「強気でいられるのも、今のうちだ」

 じわりじわりとまりんちゃんとの距離を縮めながら、カシン様が冷やかに呟く。

 右手で剣を携え、左手でぎゅっと、ロングコートのポケットから取り出した御守りを握りしめたまりんちゃんは切に祈った。

 ……ごめんなさい。本当はあなたに頼むべきじゃないのに……自分の力で無し遂げたかった。けれど、今の私には、自分自身を護る力すらないの。だから……

「神様どうか……哀れな人間を、お救い下さい!」


 頼らざるをえない状況に追い込まれたまりんちゃんが切実に祈った時だった。良く通る、澄んだ男性の声がどこからともなく聞こえたのは。

「よかろう。なんじのその願い、しかと聞き入れた」

 刹那せつな、金色に光り輝く小さな球が浮遊してきたかと思うと、アイボリーの着物を着た人間が颯爽と姿を現した。面前に姿を見せた人間と対面するまりんちゃんが、愕然がくぜんとしながら問いかける。

「神……さま?」

「いかにも」

 凛々しい笑みを浮かべて、神様は力強く返答した。

 ゆるふわのパーマがかかる栗色のショートヘアに切れ長の、緑色の目で凛々しく微笑みかけるその男性ひとは、ぽっと頬を赤らめたまりんちゃんがみとれるほど、容姿端麗であった。



『赤園。今のうちに、これを渡しておく』

 ふと声をかけた細谷くんがそう、穿いているジーンズのポケットから取り出したある物を、条件反射で顔を向けたまりんちゃんに手渡した。

『お守り……?』

『赤園の家に行く前に、青江あおえ神社に寄って買って来たんだ。俺の力と……青江神社の最高神が宿っている。このお守りがきっと、死神やつらから赤園を護ってくれる。だからこれを持って、自宅に戻れ』

『細谷くんは……どうするの?』

 シリアスな雰囲気を漂わせて言い聞かせた細谷くんに、一抹の不安を覚えたまりんちゃんは尋ねた。その問いに、細谷くんは真顔で返答。

『これから、二人を追いかける。あのまま……シロヤマをほっとくわけには行かないから』

 細谷くんは、シロヤマの身を案じているらしい。はっとするのと同時に、細谷くんの優しさに触れたような気がして嬉しくなったまりんちゃんだったが、

『それなら、私も行く!』

 細谷くんに感化され、覚悟を決めて同行しようとした。しかし……

『ダメだ。セバスチャンがいる以上、赤園も一緒に連れて行けない』

 右手をグッときつく握りしめて俯いた細谷くんは、感情を押し殺したように話を続けた。

『今のこの状態は、シロヤマが決死の覚悟で作り出した『チャンス』なんだ。俺は、そんなシロヤマの気持ちを酌んでやりたい』

 口には出さないものの、細谷くんは心底、悔しさをにじませた。

 あの攻防戦で俺は、シロヤマに押されていた。あんなやつに押されるようなら、セバスチャンには勝てない。俺に、赤園を護ってやるだけの力があればいいのに。

 この場にシロヤマがいたら、きっと細谷くんと同じ悔しさを噛みしめていただろう。なにしろセバスチャンさんは、強力な死神のシロヤマでさえ勝てないのだから。

『……分かったわ』

 しばらく沈黙した後、静かに口を開いたまりんちゃんは言った。

『細谷くんの言う通りにする』と。

 決死の覚悟で『チャンス』を創り出したシロヤマと、細谷くんの気持ちを酌んでのことだった。

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