第10話 お守り①

 後ろからぎゅうっとハグするシロヤマを、薄ら笑いを浮かべた横目で見遣りながら、セバスチャンさんは言った。

「同性に抱きつくなど、変わったご趣味をお持ちですね」と。

 セバスチャンさんからの冷ややかな視線を浴びながらも、気取った笑みを浮かべてシロヤマは、平然と返事をする。

「近くで見ても容姿端麗ようしたんれいな人ほど、手に入れたくて燃える性分なんでね」

「ならば話は早い」

 シロヤマからの返事を聞き、フッと気取るような笑みを浮かべたセバスチャンさんはそこで一旦区切ると、

「赤ずきんのを仕留める前にまずは、君から仕留めましょう」

 容赦ようしゃない視線をシロヤマに向けてそう言葉を付け加えた。

「え? 仕留めるって……」

「君がその気なら、こちらも本気で攻めますよ」

 セバスチャンさんはやる気充分だ。思いがけない展開に、シロヤマは動揺した。


 余裕のある笑みを浮かべつつも、シロヤマは妙な違和感を覚えた。セバスチャンさんの気を引くため、あえて同性に興味があるフリをして、嫌がらせをする。そこまではシロヤマの計画通りだった。が、その計画を知ってか知らずか、嫌がることなくセバスチャンさんは、シロヤマの話に乗っかってきたではないか。これは、平静を装いながらも静かに動揺するシロヤマにとって、予想外のことである。

「俺、女じゃなくて男なんですけど……セバスチャンさんは、それでいいんですか?」

「心から恋を抱く相手ならば、男女どちらとも愛せます。ガクトくん、君は私の許容範囲にある。ですから……」

 身をひるがえし、シロヤマの腕を振り解いたセバスチャンさんは、ガバッとシロヤマを抱きかかえて顎クイすると、容赦なく宣告。

「愛を受け入れる準備が整った今、容赦はしませんよ」

 本気だ。セバスチャンさんは本気で、俺をおとす気だ。 

 気取るような笑みを浮かべるセバスチャンさんにうすら恐怖を覚えたシロヤマは、身の危険を感じた。まりん赤ずきんちゃんと細谷くんを逃がす時間稼ぎをする筈が……まさかの事態にすっかり気が動転してしまっている。

 いや、落ち着け俺!

 必死で、乱れた気持ちを落ち着かせたシロヤマははっとひらめいた。

 予想外のこの状況をなんとか利用すれば、二人を完全に逃がせるかもしれない。

 ピンチがチャンスに変わった瞬間だった。新たに計画を立て直したシロヤマは平静を装い、セバスチャンさんに掛け合う。

「……分りました。あなたの、言う通りにします」

 沈着冷静に口を開いたシロヤマは、最後にこう言葉を付け加える。

「ただし、ここではなく、他の場所で……私有地の中とは言え、ここは人目につきやすい……人目につきにくい、二人きりになれる場所まで移動しましょう」と。

「ガクトくんが、そう言うのなら……」

 いつになく真剣なシロヤマの申し出に、ミステリアスな雰囲気を漂わせながらもセバスチャンさんは承諾したのだった。



 ここは、美舘山町の外れに位置する廃墟ビルの屋上。人目を避け、鬱蒼うっそうとした森の中にそびえる廃墟ビルを訪れたシロヤマは、真顔でセバスチャンさんと向かい合っていた。

「ここなら誰も来ないし、邪魔も入らない。さぁ、ひと思いにやってくれ」

 シロヤマは覚悟を決めると、両手を広げてすべてを受け入れる準備を整えた。だが、そんなシロヤマを、軽蔑の眼差しで見詰めるセバスチャンさんはそこから動こうとしなかった。

「……セバスチャンさん?」

 冷静に促したが、背筋を伸ばし、気品良く佇むセバスチャンさんはやはり、動かない。それから何秒かが経過した頃。セバスチャンさんが静かに口を開く。

「甘んじて、自ら犠牲になろうとするとは……君らしくもない」

「どう言うことです?」

「言葉通りですよ。君は確か、赤ずきんのの魂を回収する役目にあった筈です。にも関わらず、遂行するどころか味方と化している。これは完全なる、裏切り行為ですよ」

 凄みを利かせたセバスチャンさんに睨め付けられ、シロヤマはぞっとした。

「裏切り行為……か」

 いささか顔を下に傾けたシロヤマは、口元に笑みを浮かべて、

「だったらここで、俺を始末しますか?」と、凄みを利かせて問いかける。

「裏切り者には死を……弱肉強食の裏社会ではそうなってもおかしくないでしょう。ですが……我々はそこまで、厳しくはいたしません。

 ガクトくん、君に最後のチャンスを与えましょう。今から再び赤ずきんのい、今度こそ、その魂を回収して来て下さい。成績次第では、ペナルティーを免除めんじょいたします」

「……分りました」

 抵抗はあったが、断るわけには行かなかったのでシロヤマは、冷静沈着なセバスチャンさんの条件を呑んだ。シロヤマにとってこれが、苦汁の決断だった。


***


 なぜか、悪い予感が胸を過る。無慈悲な死神にを刈られそうな、嫌な予感が。そしてそれは、突如として姿を見せたシロヤマにより、的中するのである。

「シロヤマ……」

 はっと息を呑むまりんちゃんの呼び声に、シロヤマは反応しなかった。真一文字に口を結び、怖ろしい死神と思わせるほどの威圧感を漂わせている。今までと打って変わるシロヤマの姿に、不安げな表情をしたまりんちゃんは戸惑った。

「赤園まりん」

 何秒か沈黙が流れた後、冷やかな口調で不意に、シロヤマが口を開く。

「俺が今、きみの面前に姿を現したのはほかでもない。果たさねばならない使命の下、きみの魂を回収させていただく」


 一度は自宅に向かったものの、やっぱり細谷くんの事が気になって、アスファルトの道路を直走ひたはしっている最中にシロヤマと遭遇したまりんちゃんはこの時、妙な違和感を覚えた。

 声や姿形はシロヤマだけど、どこか違う。普段のシロヤマなら、こんなにも厳格で死神らしさを漂わせたりしない。なぜなら彼は……

「チャラだから」

 冷静に分析したまりんちゃんの口から、心の声がれる。

「手を出すのも早いし、厨二病ちゅうにびょうの気もあるしはっきり言って、死神感ゼロだから」

 真顔で沈着冷静にシロヤマを見据えたまりんちゃんは「あなた、何者?」と尋ねた。

 凜然たるまりんちゃんの問いに、フッ……と含み笑いを浮かべたシロヤマは気取るように応じた。

「完璧だと思ったのだが……君の直感をあなどっていたようだ」

 シロヤマはそう言うと、ポンッと軽い音を立てて元の姿に戻った。

 今までシロヤマに変身していた相手が瞬時に元の姿に戻り、その姿を目の当たりにしたまりんちゃんは思わず息を呑む。

 ポニーテールにした漆黒の髪に、切れ長の、瑠璃色るりいろの瞳。地面すれすれの、漆黒しっこくのマントをなびかせ、背丈を越す、プラチナ製の大鎌を携えた長身の死神の姿。その、あまりの迫力にまりんちゃんはド肝を抜かれた。

「お初にお目にかかる。私の名は、カシン。冥界は、死神結社しにがみけっしゃ総裁そうさいだ」

 鋭い眼差しでまりんちゃんを見据える死神総裁カシン様は、

「もうどこにも逃がさない。大人しく観念してもらおう」

 そう言って、まりんちゃんを脅しにかかったのである。

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