第6話 本名
耳にかかるくらいの、ゆるふわにウェーブした銀髪。色白で、瑠璃色の目をした、優しい顔の青年が、不審者を見るような目つきで対面するまりんちゃんの面前に品良く佇んでいる。このまま、何も言わずに黙っているわけにもいかないので、まりんちゃんは警戒心を胸に、毅然と対応することにした。
「その前に……あなた、誰?」
「申し遅れました。私はセバスチャン・パティンソンと申す者。以後、お見知りおきを」
セバスチャンさんは片手を胸に添えると、
「セバスチャン……さんは、ご存じなんですね。あそこにいる、彼の名前を」
「ええ、彼とは何かと、ご一緒することがありますので」
「それなら、教えてください。彼は、なんと言う名前なのですか?」
「それは……」
いつになく真剣な表情で尋ねたまりんちゃんに対し、
「ガクト・シロヤマ。これが、彼の名前です」
「……」
嫌がる細谷くんと
「でも待って、その名前って……」
まりんちゃんは、セバスチャンさんが明かした相手の名前に聞き覚えがあるようだ。しばし考えた後、はっとした顔で思い出したように「あぁぁぁ!!」と絶叫したのだった。
「あの時と全然……雰囲気が違っていたから、なかなか気付かなかったわ。もう……それならそうと、早く言ってくれればいいのに」
誰に言うでもなく、顔をやや下に傾けたまりんちゃんはそう、もどかしい気持ちで呟いた。
「ただ単に、名乗るタイミングを逃していたのだと、思いますよ」
優しく微笑みながら、セバスチャンさんは言った。
「彼にも、悪気はなかった筈です。そして私も……」
セバスチャンさんは意味ありげに言葉を区切り、おもむろにまりんちゃんに近付くと抱き寄せる。
「赤園まりん。あなたには、ありとあらゆる世界を揺るがす、強大な力がある。ゆえに私は、その力を最大限引き出せるようにするため、あなたを育てていきたい」
怪しく光るセバスチャンさんの目が、にわかに動揺したまりんちゃんの目を捉えている。
この時、まりんちゃんは察知した。優しく身体を抱くセバスチャンさんに気付かれている。まりんちゃんこそが、堕天の力の使い手であることを。きっと初めから、セバスチャンさんはまりんちゃんの正体を知っていたに違いない。だからこそ、初対面でこんなにも大胆なことをするのだ。
セバスチャンさんの思惑を知り、動揺をしている筈なのにそんな素振りを見せず、まりんちゃんはポーカーフェースでセバスチャンさんの目を見詰め返す。
「……あなた、何者?」
心の中を見透かしているような、なんとも言えない不気味な雰囲気を纏っているセバスチャンさんを不審に思い、凜然と睨め付けたまりんちゃんはそう、警戒するように尋ねる。その問いに、不敵な含み笑いを浮かべたセバスチャンさんは、静かに応じた。
「あなたには、知る必要のないこと……とだけ、お伝えしておきましょう」
なによ、意地悪。と言いたげにまりんちゃんは不愉快な目つきでセバスチャンさんを見上げた。むっとした表情で、まりんちゃんは刺々しく掛け合う。
「それはそうと……いい加減、離してくれません?」
「申し訳ございません。ですが今は、これがちょうど良いのでございます」
「これがちょうどいいなんて……セバスチャンさん一体、何を考えているんですか?」
そう、冷ややかに尋ねてみたものの、意味ありげに微笑むだけで、セバスチャンさんからはなんの返答もない。
何を考えているのか分らないセバスチャンさんに抱きしめられたまま、まりんちゃんは目に見えない恐怖と戦うしかなかった。
得体が知れない男性に抱きしめられたままと言うのは、どうもいい気がしない。
事実、セバスチャンさんに抱き寄せられた時から、まりんちゃんは気分が悪くなっていた。頭痛やめまい、全身のだるさに気持ち悪さがプラスされ、風邪で高熱を出した状態に近い。
一刻も早く、彼から離れなければ、生命に係わる。
まりんちゃんがそう思った矢先、高熱が頂点に達したのか、急速に身体が楽になった。
「
意識が
「ただ今をもって、細谷健悟との契約を解除。代わって私、セバスチャン・パティンソンとの契約が完了いたしました」
契約完了……? それも、セバスチャンさんとの??
徐々に意識がはっきりとしてきたまりんちゃんは、包み込むように抱きしめるセバスチャンさんの腕の中ではっとした。
たった今、セバスチャンさんはまりんちゃんとの間で結ばれていた細谷くんとの契約を解除したのだ。そして強引なやり方で、まりんちゃんはセバスチャンさんと契約をさせられた。事実上、自由を奪われたのである。
この、衝撃事実にまりんちゃんの頭が真っ白になる。セバスチャンさんの正体が掴めていない今、そんな状態で契約を結ぶことが、どれだけ危険なことか……まりんちゃんはただただ、底知れぬ恐怖に怯えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます