第5話 不服

 高校生だったあの頃の、甘酸っぱい記憶が蘇り、改めて、細谷くんと両想いであることを理解した瞬間、まりんちゃんは満面の笑みを浮かべて歓喜した。

「細谷くん、私……」

 続けとばかりに口を開いたまりんちゃんを、まっすぐ見詰める細谷くんが静かに制する。

「後で話を聞くよ。今は……こいつをなんとかしないとだから」

 細谷くんはそう言うとまりんちゃんに背を向け、不敵な含み笑いを浮かべる相手と向かい合う。

「きみが何者かは知らないが、このまま放っておくわけにはいかない」

 相手はそこで一旦区切ると、細谷くんに迫る。

「彼女を渡してもらおう」

「断る」

 凄みを利かせた相手に、細谷くんは毅然と拒否。

「ならば仕方がない。手荒なことは避けたかったが……力尽くで、奪うまでだ」

 冷酷に言い放った相手は、念力で以て銀色の大鎌を出すと、対戦モードに入る。

 こうみえて俺、結構強いんですけど。とでも言うような威圧と、死神の相手が放つ闘志のオーラにまりんちゃんは圧倒された。


 一方、まりんちゃんを背に佇む細谷くんだけは、いたって沈着冷静な雰囲気を漂わせていた。まりんちゃんに掛けられた強力な呪いを、簡単に解くくらいだ。戦闘モードの死神を面前にしても、落ち着いていられるのだろう。

「言っておくけど、手加減なしだから」

 相手は冷やかにそう言うと、携えた大鎌を振りかぶって突進。細谷くんが瞬時に張った結界に接近する大鎌の刃が衝突、高音を轟かせて金色の波紋はもんを描いた。

「へぇ……死神除けの結界なんて張れるんだ」

 わざとらしく驚いて見せた相手が、細谷くんの面前でそう言うのが聞こえた。

「この日のために、日頃から鍛練たんれんしているからな」

 細谷くんはそう、人差し指と中指をまっすぐ立てつつ、冷やかな口調で応じる。

「そうかい。でも……赤ずきんちゃんを護るにしては、とてももろいよね」

 冷笑を浮かべて、細谷くんにそう言った相手が大鎌に力を込めた、次の瞬間。

 力が増した大鎌の尖端せんたんから、細かい亀裂が生じた。金色に輝き、不吉な音を立てて徐々に広がって行く。

「細谷くんの結界が……それくらい、彼は強い相手なの?」

 固唾かたずを呑んで見守るまりんちゃんがそう呟いた時だった。細谷くんを嘲笑う相手の顔が、突如としてむっとした顔つきになったのは。

「前から言おう言おうって、思ってたんだけどさぁ……いい加減、俺のことを『相手』呼ばわりするの、やめてくれない?」

「はぁ? この期に及んで、なに言ってんだおまえ」

 これ以上、亀裂が広がらないよう、念力で以て結界の強度を上げながら、細谷くんが呆れつつも面倒臭そうに言った。死神と言う名の相手は、まりんちゃんから細谷くんの方に視線を移すと話を続ける。

「考えてみろよ。『魔力使いだった死神が現世の花屋で副業する理由』が始まってもう五話めだぜ? なのにまだ、俺だけ名前が出てないのおかしくない?」

 今はそれどころじゃないと思うのだが……相手の突飛な発言に、まりんちゃんは呆れながらも、なんとなく嫌な予感がするのだった。


「この物語における『主人公的存在』と言っても過言じゃないこの俺が未だに『相手』呼ばわり。これはどうみても、納得行かないね!」

 細谷くんの結界に触れる大鎌を両手で持ちながら相手はそう、腑に落ちない顔でぼやく。

「じゃあなにか? 死神太郎とか、死神花子みたいに呼んでもらいたいと?」

 チョー面倒臭くせぇ……

 今にもそう言いたげな顔で尋ねた細谷くんに、むかっ腹を立てた相手がすかさずつっこみを入れる。

「ナニ、その大事な書類の記入例みたいな名前」

「じゃあアレだ。ある日突然、空からノートが落ちてきて……」

「先に言っとくが、ライトでもないからな」

 細谷くんが面倒臭そうに口にした、とある物語のあらすじの冒頭で遮った相手が、先読みして正解を口にする。その言動がしゃくに障った細谷くん、チッと舌打ちした。

「きみ、ぜってーやる気ないだろ」

「ぶっちゃけ、どーでもいいもん。おまえの名前なんて」

「それ言っちゃう?! このタイミングで、それ言っちゃう?!」

 やる気のなさ、百パーセントの細谷くんの言動でショックを受けた相手は念力で以て大鎌を消すとすかさず、

「そんなこと言わないでさぁ……きみと僕の仲だろぅ?」

 ねぇねぇと言葉を付け加え、細谷くんにすり寄ると甘え出した。一瞬のうちに気が散った細谷くんが、自身で結界を解いてしまい、隙を見せた時のことだった。

「いちいち気色悪いんだよおまえは!」

 離れろ!

 飼い犬の如く、自身の身体にすり寄る相手に不快感を表わし、細谷くんは怒鳴ると嫌がったのだった。


 いいなぁ……楽しそう。

 細谷くんと相手のやりとりを見ていたまりんちゃんが内心、心細そうに羨ましがった。

 このタイミングでなぜ、まりんちゃんが羨ましがったのか、その理由は未だ不明である。なので、こちらから理由を聞かない限り、まりんちゃんのこの気持ちは謎のままで終わるのだ。

 別段、何か深い意味があるわけではないので、謎のままで終わるのならそれはそれで仕方のないことだろう。

「それにしても、死神の彼……一体、どんな名前なのかしら」

 ふとその事が気になり、まりんちゃんが思わずその疑問を口に出した時だった。

「気になりますか?」

 突如として、爽やかな青年の声がしたのは。背後から聞こえたその声に、まりんちゃんははっとすると条件反射で振り向く。

 耳にかかるくらいの、ゆるふわにウェーブした銀髪。色白で、瑠璃色の目をした、優しい顔の青年がにこやかに佇んでいた。

「私なら知っています。あそこで人間とじゃれあう死神の名前を」

 両手を後ろに組み、にこやかに話しかけるその人から、なんともミステリアスな雰囲気が漂っている。ただ、まりんちゃんを優しく見詰めてそこに佇んでいるだけなのになぜかかれるものが、その人にはあった。

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