第3話 恋敵―ライバル―

「とにかく、警察に通報しないと……」

「いや、ダメだ。ここで石化しているこいつは死神だ。通報したところで、駆け付けた警察官にはこいつの姿なんて見えない」

「それじゃ、どうしたら……」

「分からない。法律の下、罪を犯した死神を罰することのできる人間がいれば……」

 罪を犯した死神を罰する事のできる人間が、現世にいるのだろうか。もし、いるとすれば、その人はどんな人で、どこにいるのだろう。なに一つ、手掛かりがない。まりんちゃんと細谷くんの二人は、肩をすぼめて俯いた。

 それから間もなくして、顔を上げた細谷くんが不意に口を開く。

「こいつを罰せられなくても、呪いをいてやることはできる。今から俺が、赤園に掛けられた呪いを解いてやるよ」

 そう言うと細谷くんは、おもむろに向き合うまりんちゃんの両肩をつかむ。

「ほ、細谷くん……?」

「ごめん。赤園にかけられた呪いを解くには、こうするしかないんだ」

 いきなり両肩を掴まれ、もしやと顔が火照ほてるまりんちゃんに、細谷くんは真剣な面持ちで詫びるとそっと顔を近付け、まりんちゃんの額にキスをした。その瞬間、まるで少女漫画の一齣のように、モノローグ化した気持ちがまりんちゃんの脳内で再生するのである。

 さっきはあんなに嫌だったのに、相手が細谷くんだと安心する。やっぱり私は、細谷くんのことが好き。好きすぎて胸の鼓動が止まらない。だからどうか、邪魔が入りませんように……


「ハイ、そこまで!」

 いつの間に元に戻ったのか。強引に割って入った相手が、いいムードの二人を引き剥がした。

 これは、恋愛感情を抱く二人にとって水を差す行為になるが、このままでは二人だけの恋愛小説に突入してしまうので、語り手としてそれを阻止するのと、とにかくむかっ腹を立てている相手にとって、そうせずにはいられなかったのである。

「俺が石化してる間にイチャつきやがって……そこのきみィ!」

 憤慨した相手が細谷くんの前に立ちはだかり、ずびしっと指さしながら大声を張り上げた。

「なんてことしてくれたんだ! あれは、彼女を護るためのものだったんだぞ!」

「おまえに護れるもんか。赤園を狙ってるくせに」

「彼女を狙っているのは、きみも同じだろう?」

 相手を睨みつけ、凄みを利かせる細谷くんに、フンッと気取った笑みを浮かべると静かに言葉を付け加える。

「彼女に掛けた呪いは、呪いを掛けた俺じゃないと解けない。なのにきみは強力な呪いを、いとも容易たやすく解いて退けた。きみは一体、何者だい?」

「さぁ……何者だろうな。俺は」

 細谷くんがそう、不敵な笑みを浮かべて余裕を見せつけながら返答した。

「余裕でいられるのも、今のうちさ。そう……今から俺が言う言葉できみは、余裕がなくなり冷静でいられなくなる」

 気取った笑みが浮かぶ、ポーカーフェースで告げた相手に、いささか警戒した細谷くんが強く出る。

「そんなこと、あるわけねーだろ」

「どうかな。なにしろきみは……赤ずきんちゃんの彼女(の額)を通して、俺と間接キッスしたんだから」

 勝ち誇ったような笑みを浮かべて放った相手の一撃に、ぎょっとしたまりんちゃんと細谷くんが『予想外な発想――?!』と、今にも叫ばんばかりの顔をした。

 相手は長身で、ブラックスーツとネクタイがよく似合うイケメンだが、まるで葬儀の参列者のような格好をしているのに、毛先を遊ばせた茶髪といい、どことなくホストの雰囲気漂うチャラにも見える。

 堕天の力を使う時だけ、真っ赤なコートを着て、頭からすっぽりとフードを被るまりんちゃんを童話の赤ずきんちゃんにたとえて、間接キスをしたと言い出した彼の発想は、細谷くんが冷静でいられなくなるほど予想外にぶっ飛んでいたのであった。


「どうだい? 思わずどん引きするくらい、めちゃくちゃ驚いたろう」

 腕組みをしながら、ふふんと得意げに尋ねた相手。してやったりと言いたげに、にやりとするその言動がなぜか、放心状態からめたまりんちゃんと細谷くんをイラッとさせる。

「驚くもなにも、おまえ……」

 冷や汗の浮かぶ真顔で細谷くんは、そこで一旦区切るとすかさず、

「気色悪いな」と冷やかに不快感を口にした。

 嫌悪感丸出しの細谷くんに向かって、フンッと冷笑を浮かべた相手は、開き直ったように反論。

「気色悪くて結構! だがね、この世の中には『イケメン同士の危険な恋』だってあるのだよ。きみも体験してみないか? 刺激的で、燃えるような男同士の危険な恋を」

「いいや、断る。おまえ完全にキャラ変わってるし、怪しさ倍増だし、一体なにを考えてるのか分からないし。おまえが言っていることが嘘か本当かさえもさっぱり分からないしな」

 身の危険を感じながらも細谷くんは毅然と相手と向き合い、不審な気持ちを募らせる。

「そんなに怖がることはない。初めは優しいところから、ちょっとずつステージアップして行けばいい」

 急に変なスイッチが入ったらしい。そこまで言い終えた相手のボルテージが最高潮に達した。

「さぁ、始めよう。男同士の燃えるような、新感覚の禁断の恋を! 今こそ! 大人の階段を上ろうではないかぁ!!」

 一気に上昇した相手のボルテージに追いついて行けず、細谷くんが声を張り上げ、まくし立てる。

「そんなんで大人の階段上りたくねぇし! つか、無垢でピュアな女の子の前でナニ語っちゃってるの?! なんかもう別の意味で怖いわ!」

「細谷くん……だったね」

 おもむろに、気取るような笑みを浮かべた相手が細谷くんに視線を向けて尋ねる。

「きみなら受けと攻め、どちらを選ぶ?」

「聞けよ! 人の話!!」

 もはやキャラ崩壊寸前の相手に、細谷くんは一段と声を張り上げてつっこんだ。


 この時点で、細谷くんの横で放心状態と化すまりんちゃんには、男同士の会話がまるで理解できていないようだった。

 ふと真顔になった細谷くんが、冷静沈着に自分の想いを口にする。

「まじめな話……俺は、今までの形で恋愛をしたいと思っている」

 そこで言葉を切り、まりんちゃんの方に向き直った細谷くんは断言。

「俺が本気で好きなのは、赤園まりんだけだ。もし、この場に恋敵ライバルがいるとすれば、絶対に渡さない」と。

「それは、彼女に対する愛の告白……と受け取っていいのかな?」

 背を向ける細谷くんに、相手が真顔で尋ねる。まっすぐ前を見据えたまま、細谷くんはびしっと返答。

「そう取ってもらって構わない」

「それと最後の言葉は、きみからの宣戦布告として受け取っておくよ」

 冷やかな視線を、細谷くんの背中に投げ掛けた相手は静かにそう言うと言葉を付け加える。

「彼女を愛するきみにとって俺は、強力な恋敵ライバルだから」と。

 面と向かって告白されたまりんちゃんは、細谷くんが、私のことを……とでも言うような顔をして頬を赤く染めると、しばし茫然ぼうぜんとしたのだった。

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