第2話 指鉄砲
顔と顔が触れそうなくらいの至近距離。片手で玄関の戸を叩き、行く手を遮った相手。背が高くて超イケメンの若いお兄さんに迫られたまりんちゃんは、完全に逃げ場を失った。
「……呪いの次は、脅迫でもする気?」
「状況次第じゃ、そうなってもおかしくないね」
締め切られた玄関の戸に固定され、身動きが取れないながらも冷やかに尋ねるまりんちゃんと視線を合わせたまま、不敵な笑みを浮かべる相手は、気取った口調で返答。
「ここできみを逃がすと、手遅れになりかねないから」
目的を達成するためならば、どんなに
そんな嫌な雰囲気を漂わす相手を睨め付けるまりんちゃんはきっとこう思ったに違いない。『なんてやつだ』と。
「あなた最低ね。か弱い女の子に、こんな形で迫るなんて」
「そんな憎まれ口を叩いていいのかな? 誰もいないこの場所で、か弱い女の子の口を塞ぐのは造作ないんだぜ?」
壁ドンしたまま、空いているもう片方の手でぐいっと、まりんちゃんの顔を上げた相手は、どすの利いた声で脅しにかかる。
目と目が合い、顔と顔の距離がさらに縮まったこの状況。そしてこの角度。このままいけば唇と唇が触れて大変なことにっ……!
冷酷な笑みを浮かべている相手とのキス、と言う最悪の事態を回避すべく、不意に視線を逸らしたまりんちゃんは、頬を赤く染めるとぶっきらぼうに謝罪。
「……悪かったわね」
この時、まりんちゃんは気付くべきだった。
ツンデレ女子、最高かよ!!
思春期の男子学生の
「きみ、本当はとっても素直でいい子なんだね」
気取るような笑みが浮かぶ、ポーカーフェースで以て、まりんちゃんに返事をした相手は、
「俺、嫌いじゃないよ……きみの、そういうところ」
そう言って、不意に顔を近付けると額にキスをした。
「たった今、俺との契約をさせてもらった。これできみに呪いが掛かり、あらゆる者たちから護られる――って、なんで泣いてるのォ?!」
気取った笑みを浮かべて説明する最中、きょとんとした顔でぽろぽろと大粒の涙を流し始めたまりんちゃんに気付き、ぎょっとした相手がおろおろし出す。
契約と称し、面識のない相手にキスをされたうえ、得体の知れない呪いを掛けられたのだから泣き出して当然だ。底知れぬ恐怖を抱くまりんちゃんにとって、トラウマになったかもしれない
「ご、ごめんよ? そんなにショックを受けるとは……思わなかったんだ。だから、機嫌を直して……ね」
相手はそう、取り
「おまえ、なに泣かしてんの?」
まりんちゃんと同じ大学に通い、同じ専攻でフラワーデザイナーの知識や技術を学ぶ細谷くんの登場である。
「強引の壁ドンに
「……分かったよ。だから……俺の背中につきつけている、物騒なものを下ろしてくれないかな」
おもむろに両手を上げ、平静を装いながらも相手は、気取った口調でやんわり応じると掛け合った。相手を信用したのか、細谷くんは一歩下がる。
「まったく……平和なこの国に銃なんて物騒なもの、必要ないだろ?」
おかげで命拾いしたわ!
と、ぶつくさ文句を言う相手に、薄ら笑いを浮かべた細谷くんが一言放つ。
「おまえ、死神のくせに、めっちゃびびりなのな」と。
冷やかに言い放った細谷くんの言葉が、相手をきょとんとさせる。表情、声色一つ変えず、細谷くんはとどめを刺す。
「俺はただ、銃に見立てた指先を、おまえの背中につきつけてただけだぜ?」
んナッ……んだ……とォォォ?!
右手親指と、人差し指で銃の形を作りながらとどめを刺した細谷くんに、驚愕した相手はものすごい衝撃を受ける。
「ひ、卑怯だぞぉ! ただの指鉄砲に、新聞紙を被せるなんてぇぇぇ!!」
どこぞのハードボイルド漫画に出てくる、凄腕スナイパーのような真似しやがって!
大声を張り上げた相手のつっこみ……いや、怒号が飛ぶ。
「卑怯もなにも、こんな子供だまし、普通の人間だって
フンッとお言葉を返した細谷くんは、最後に軽蔑の眼差しで、
「よほどの妄想好きか、びびり以外は」と言葉を付け加えた。
これが最後のとどめになったらしい。口をあんぐりと開けて絶句した相手は、そのまま石化した。
「赤園……大丈夫?」
相手が怯み、石化している間に、細谷くんはまりんちゃんの方に歩み寄ると、具合を
「うん、細谷くんが来てくれたからもう大丈夫。でも……」
にわかに顔を曇らせたまりんちゃんは、真顔で見詰める細谷くんに、相手から呪いを掛けられたことを打ち明けた。
「……ごめん。怖い思い、させちゃって」
まりんちゃんから事情を聞き、細谷くんが肩をすぼめて陳謝。まったく予期していなかったまりんちゃんはきょとんとした。
「なんで細谷くんが謝るの? 謝んなきゃいけないのは石化している、この男なのに」
「俺が……駆け付けるのがもっと早かったら、こんなことにはならなかった」
本当に、申し訳ない。そんな言葉が、細谷くんの表情から読み取れた。なんと声をかけていいのか分らず、まりんちゃんはただ黙って、見守ることしかできなかった。
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