Ⅰ. 魔力とフラワーアレンジメント勝負~死神結社と和解

第1話 侵入者

 美南川県縦浜市美舘山町みながわけんたてはましみたてやまちょう三十五番地。広大な敷地に、二階建ての大きな洋館を構えたこの地に、赤園あかぞのまりんちゃんが越して来たのは、今から四年ほど前のことである。

 小さな頃からの夢であるフラワーデザイナーを目指し、日本海側の片田舎から、東京湾に面する縦浜市たてはましと言う名の都会へと上京してきたのだ。

 現在、フラワーデザイナーの知識と技術が学べる専攻がある、四年制大学に通うまりんちゃんが一人暮らしをしている洋館はその昔、母方の祖父母が暮らしていたが、今から九年ほど前に祖母が、その翌年に祖父が他界してからは空き家になっていた。

 まりんちゃんが一人暮らしをするには大きすぎるが、自宅から徒歩十五分圏内に駅やスーパーなどがあり、通学と日常生活の利便性を考慮すると申し分がないのである。

「さて、ドラマを見終わったし……ちょっと早いけど、夕飯の買い出しに行きますか」

 まだまだ夏の暑さが残る九月中旬。自宅一階のリビングにて、撮り溜めていた恋愛ドラマを見終わり、思い切り伸びをしたまりんちゃんは、テレビ横にある置き時計に視線を向けながらもそう呟くと、身支度をしに二階の自室へと向かう。

 部屋着から、UVカット素材のアイボリーのトップスに焦げ茶色のキャミワンピースの私服に着替え、下ろしていた黄土色の髪をポニーテールにすると、少し大きめのトートバッグの中に財布やスマホを入れて家を出る。

「っ……!」

 家の外でまりんちゃんが玄関の戸締まりをしていた時だった。誰かが、この敷地内に侵入しているような気配を感じた。

 もしかしたら、強盗かもしれない。

 にわかに警戒したまりんちゃんは、堕天だてんの力で以て出現した真っ赤なコートを着込み、フードを被った。こうして、赤ずきんちゃんになったのはあの日以である。


 半年前のあの日、まりんちゃんは堕天使と契約、そして命を落とした……と思い込んでいたのだが、ただ単に気を失っただけで、実際はこのように生きていた。あの時に出会った祠の管理人さん、堕天使、白いダッフルコートを着た黒髪の青年ともあれ以来、一度も会っていない。

 祠の管理人さんと堕天使については氏名など未だに不明な点がいくつもあるが、黒髪の青年だけは去り際に名を明かしてくれた。

『俺の名前は、ガクト・シロヤマ。毎日の激務に疲れて羽を休めに来た、ただの特殊能力者だよ』

 去り際、まりんちゃんに名前を尋ねられ、気取った笑みを浮かべてシロヤマはそう返答したのだ。悠然とまりんちゃんのもとを去って行く彼の背中からは、一仕事を終えた、正義のヒーロー感が漂っていた。そんな彼を見送りながらもまりんちゃんは(やっぱり、変な人)と不審に感じたのである。


 堕天使と契約をしたことで使用可となった堕天の力については、どうしても必要な時だけ使用するようにしている。何も考えずにやたらと堕天の力を振るったがために、自分だけでは対応しきれないトラブルを呼び寄せないようにするための、まりんちゃんなりの予防策なのだ。そして今、私有地に何者かが侵入していることを知り、身の安全を図るため、半年ぶりに堕天の力を使用したのだった。

「どこからでも来なさい。私が、相手になってあげるわ!」

 自宅の、玄関の戸を背にして佇みながら、まりんちゃんは警戒を続ける。

 依然として、何者かの気配がしているところを見ると、侵入者はまだ、家の中までは侵入していないようだ。

「一度、戻ろうかしら。家の中が気になるし……」

 まりんちゃんが警戒したまま身体からだの向きを変えて、肩に提げているトートバッグの中から鍵を取り出し、玄関の戸を開けようとした、その時。マナーモードにしているスマホのバイブレーションが作動し、着信を告げた。

 一時作業を中断し、トートバッグの中からスマホを取り出すと着信相手を確認、まりんちゃんと同じ大学に通う、細谷健吾ほそやけんごくんからの着信だった。

「逃げろ。死神しにがみが、赤園を狙っている」

 何事かと電話口に出たまりんちゃんに、細谷くんは開口一番そう告げた。

「死神って……一体どういうこと?」 

 あまりにもシリアスな口調で危険を告げた細谷くんに、まりんちゃんは緊張を覚えながらも冷静に問いかける。しかし、どこからともなく現れた相手が、後ろからひょいとスマホを取り上げたがために、細谷くんからの返答を得ることができなくなってしまった。

「わざわざ警告してくれてありがとう。けれどきみの大切なお友達はもう、僕の手の中さ。残念だったね、金田一くん」

 最後の金田一くんは意味不明だが、気取った口調で静かに応対した相手はそのまま電話を切る。

「さてと……」

 着用しているブラックスーツの、ジャケットの内ポケットにスマホをしまった相手は、ぎょっとしているまりんちゃんと向き合いながらも、おもむろに話を切り出す。

「突然だが、今からきみに呪いを掛けさせてもらう。理由は……あらゆる者たちから、きみの大切なものをまもるためだ」

「私の大切なものを護るために、呪いを掛けるのね。けどなによ、あらゆる者たちって」

 本人はいたって真面目だが、相手が真面目だろうがなんだろうが、面と向かって意味不明なことを言われたまりんちゃんは、引きつった表情でマジないわぁ……と内心思いながらも、きわめて冷ややかにそう言うとどん引きする。

「あなたが、初対面の私に呪いを掛ける……それがどれだけ恐怖だか、今のあなたに分るのかしら?」

 極めて冷ややかに質問を投げ掛けたまりんちゃんに対し、含み笑いを浮かべた相手は冷静沈着に返答。

「分るよ。俺も逆の立場ならきみと同じことを思うし、相手次第じゃ、武器弾薬を使ってまで反撃に出る」

「ならなんで……」

「きみの命を護るためには、そうするしかないんだ」

 真顔でそんなことを言われても、やっぱり怖いものは怖い。

「私には、あなたの言葉がよく理解できないわ。命を護るために呪いを掛けるだなんて……普通に考えたらありえないもの。そこをどいてちょうだい」

 まりんちゃんはそう言って、面前にいる相手を冷たくあしらった。もうこれ以上はあなたと関わり合いたくない。そんな、無言の訴えをして、まりんちゃんが動こうとした時だった。不意に急接近した相手がドンッと、片手で玄関の戸を叩いたのは。

「俺から、逃げられるとおもってんの?」

 仏頂面でまりんちゃんの顔を下から見上げるように、驚愕するあまり大きくなったまりんちゃんの目を見据えながらも相手がそう、どすの利いた声で告げたのだった。

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魔力使いだった死神が現世の花屋で副業する理由 碧居満月 @BlueMoon1016

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