魔力使いだった死神が現世の花屋で副業する理由

碧居満月

第0話 指令

 生前に自死したり、事件に巻き込まれて死した人間の魂は、再び人間に転生することなく死神しにがみとして転生する。そして死神になった者は結社と契約を結び、冥界めいかいで暮らすのだ。

 この物語には、死神に転生するともれなく付いてくる神力しんりょくの他に、念動力ならびに頭でイメージしたものを具現化にする特殊能力を指す魔力まりょくの、計二種類の力を自由自在に使いこなす死神が登場する。

 彼は生前、白船町しらふねちょうに住む魔力使いだった。太平洋に面している日本列島のどこかに、町を往来するフェリーの船着き場があり、魔力使いで成り立っていること以外、白船町は謎に包まれている。その町に闇の魔力を持った少年が襲来、数多くの血が流れ、激闘げきとうの末に、陰で少年を操っていた悪魔に殺され、死神へと転生した。

 彼が死神になっても魔力が使えるのは、生前の名残である。神力、魔力と言った特殊能力の他にも、死した全人類を含む、生きとし生けるものをよみがえらせることのできる蘇生術そせいじゅつも、彼は使うことができる。

 蘇生術は、彼が死神になったばかりの頃に、『時の神殿』での修行中に習得した技術で、神殿の主である二人の時の神のうちの一人、カイロス様により禁止されていたのだが……不測の事態により、カイロス様との約束を破り、蘇生術を使用。その結果、とんでもない事態が待ち受けていた。

 普段は、冥界に構える結社の宮殿内で過ごしているのだがとある事情につき、彼は今、冥界から離れ、現世で副業をしながらの生活を余儀なく送っている。

 

 

 背がすらっとした長身で、ブラックスーツとネクタイがよく似合うイケメンだが、まるで葬儀の参列者のような格好をしているのに、毛先を遊ばせた茶髪といい、どことなくホストの雰囲気漂う青年がいた。

 ここは、縦浜たてはま市内にある、美舘山町みたてやまちょうの住宅街。

 十字路のどまん中で、穿いているパンツのポケットに手をつっこんでかっこつけながら、青年は一人、そこに佇んでいた。

「おや……こんなところで君に会うとは、奇遇ですね」

「あなたは……!」

 意外な人と対面し、青年は驚きの表情をした。

 白く細長い十字架のロゴ入りの、瑠璃色のスカーフをネクタイ状に結わく白シャツと黒ベスト、そして灰色の燕尾服えんびふく姿で青年に微笑みかけるその人は、青年と同じところに属す容姿端麗ようしたんれいな死神である。

「なぜ……こんなところに?」

「結社から、指令が出まして……この町に住む『赤ずきんの』の魂を回収しに来たのですよ」

 にこやかに両手を後ろに組み、紳士的な雰囲気を漂わせてその人はそう、青年に返答した。

 彼が言う、『赤ずきんの』とは、真っ赤なロングコートを着た女子大生の事で、頭からすっぽりとフードを被っていることからその名が付いた。結社どころか、冥界で従事する者の間で知れ渡っている通り名である。

「結社からの指令ってことは……まさかその、不治の病に罹患りかんしたか、不慮の事故に遭って生死を彷徨さまよっているとか……?」

「そうではないみたいですよ?」

「と言うと?」

「結社が言うには、彼女はもともと、生身の人間ではないそうです」

「それって、まさか……」

「そう、そのまさか……かもしれないので、これから直接お会いして、真相を突き止めようと思いまして」

「だったら……その指令、俺にも手伝わせてください。一度でいいから、赤ずきんちゃんに会ってみたいと思っていたところなんです」

「……いいでしょう。その積極的な態度に免じて、本来なら私が担うこの指令を、君に任せます。冥界では『一匹狼』の通り名を持つ強者にして、結社の中でも優秀な死神の君なら、きっと務まるでしょう」

 基本、面倒くさがりなので、青年は普段からこんなにも積極的な方ではなかった。なので、積極的な青年の態度を、面前にいる彼は不審に思ったかもしれない。なんにせよ、赤ずきんちゃんの魂を回収する指令を任せてもらえるのは好都合だ。それにより、青年の好き勝手にできるのだから。

「ありがとうございます」と、青年は礼を言って丁寧に頭を下げた。

「ついでに、彼女が本当にそうなのかの確認もお願いします。私は何かと忙しい身なので、君がそれも引き受けてくれると助かるのですが……」

「分りました。ついでに、それもやっておきますよ」

「ありがとうございます。それと……最後にもう、ひとつだけ。私から君に、お尋ねしたいことがあるのですが」

「なんですか?」

「私の記憶違いでなければ……君は確か、私と同じく結社の指令を受けて、冥界から魔法界へと出発した筈です。にも関わらず、君が魔法界ではなく、現世にいるのはなぜでしょう?」

 紳士的な彼によるこの問いは、青年がぎくりとするほどの鋭さがあった。青年と対面するその人は紳士的だけでなく、頭のきれる死神でもある。ゆえに、正確に応対しないと青年にとっては非常にまずいことになるのだ。

「それが……思いのほか、早く終わってしまったので……まだ、時間もあることだし、冥界に戻る前に、現世で時間をつぶそうと思い立ったんです」

 曖昧に笑って言い訳がましく返答した青年に、

「なるほど」

 彼はそう、微笑みながらも紳士的口調で相槌あいづちを打つ。青年の返答に納得したのか否かは、現段階では分らない。どうか、疑われていませんように……と切に祈るばかりである。

「このメモには、彼女に関する個人情報が記されています。使用する際は厳重に扱ってくださいね。では、私は冥界に戻りますのでこれで」

 何事もなく別れの挨拶を済まし、赤ずきんちゃんの個人情報が記されているメモを青年に渡すと、紳士的な彼は姿を消す。途端とたん、青年は心底安堵するのと同時に、腑に落ちない表情をした。

 彼女はもともと、生身の人間ではない……

 紳士的な彼から、結社が指令を出した理由を知り、青年は疑問を抱く。

 もしも、彼女が本当にそうならば……その時は、全身全霊でまもるまでだ。

 さっさと仕事を終わらせて、本業に取り掛かろう。

 路肩に停めた商用のバンに乗り込み、ストレートショートの黒髪に目をした、黒色のエプロンが似合う、爽やかな制服姿の現世の男性花屋の店員に変身するとエンジンを掛けて車を走らせた。

 今日の分の配達を終わらせて店舗に戻り、接客をこなしてから仕事を切り上げると青年は、紳士的な死神から受け取ったメモを頼りに、美舘山町の中心部から外れた場所に住む、赤ずきんちゃんの自宅へと向かったのだった。

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