第5話 腐った国(王太子)
「あぁ、もう!ちくしょう!」
何度目かわからないけど、悔しさのあまりその辺にいた騎士を蹴りつける。
鍛えているからか、俺が蹴っても騎士はぐらつくことなく平然と立っている。
そのことがまた面白くない。
「どうして父上たちは黙って見ていたんですか!
アリーを奪われてしまったじゃないですか!」
「……竜王国に逆らったら、どうなることか」
「あっんな遠くにある国、何ができるって言うんですか!
もう百年も何もなかったんですよ!?」
竜王国とは同盟国ではなく、
うちの国が属国だったというのは先ほど聞いた。
百年前の戦いはあっという間に破れたとは信じられなかった。
属国だったと知って崩れ落ちそうにはなったが、
それでも何も支配されていないことに気がついた。
戦争には負けたかもしれないけれど、実質属国にはなっていない。
竜王国って、実は弱気なんじゃないか?
そう思ったら、奪われたアリーが惜しくて仕方ない。
あともうちょっとだったのに。
「遠くにあるって言ったって、実際に竜人は来ただろう。
もし、気が変わって攻撃されたらどうするんだ。
アリーを奪われただけですんでよかったと思え」
「父上!?せっかく、ここまで来たのですよ!
ミリーナだって楽しみにしていたのに……」
俺の本当の婚約者、公爵家のミリーナと楽しみにしていたのに。
ミリーナにとっては異母姉のアリーが嫌いで仕方なかったようだ。
まぁ、アリーの母親がどんなものか知っているミリーナにとっては、
生贄が姉だというのが許せなかったんだろう。
アリーは先の生贄から産まれているが、
生贄は多数の男に抱かれているために父親が特定できない。
産まれたアリーの髪が銀色だったことから、
公爵家の血筋だろうと判断されただけだった。
この国では百年ほど前からずっと生贄が作られている。
生贄は大事に育てられ、十八歳になった時点で誓約をし、
この国の奴隷となる。
生贄は貴族たちに好き勝手されるために、
そう長い時間はかからずに子どもを身ごもる。
産まれた子が男ならその場で処分され、
女ならば次の生贄として育てられる。
次代の生贄が誕生したあとの生贄は、
平民の不満を解消するために公開処刑される。
この国が貧しいのも平民が苦しいのも王太子の婚約者のせいだった、と。
そうしてこの国は平和を保ってきたというのに。
俺の代の生贄に逃げられるなんて許せるものか。
怒りのあまりあちこちを蹴飛ばしていたら、
足の先が痛くなってきた。またそれにも腹が立つ。
「あーもう!誰か竜王国から連れ戻してこい!」
「王太子様、竜王国へ行くには一か月以上かかります。
そこへ王宮の騎士たちを送るには金が……」
「宰相までそんなことを言うのか!
騎士団長はどうだ!」
「私としても悔しいのですが、遠征費用がないことにはどうにも」
もうあきらめたような父上に宰相。
困った顔をして答える騎士団長。
どいつもこいつも頼りにならない。
「あぁ、ちくしょう!あれは俺のものだったのに!」
初めてアリーを見たのは10歳を過ぎた頃だった。
遠くから家庭教師と話しているのを見ただけだけど、
清楚な雰囲気に綺麗な顔立ち、涼しげな声だった。
背中まである銀髪はサラサラと流れて、
大きな紫目は宝石のように光りそうだと思った。
本当は生贄として育てられていると知ったら、
あの綺麗な顔はどんなにゆがむだろうか。
裸にひん剥かれたら、どんなふうに泣き叫ぶだろうか。
追い立てられ、力づくで抑え込まれたら、
絶望した顔を見せてくれるだろうか。
ここ最近は、アリーを生贄にした後はどうしようか、そればかりを考えていた。
同じようにミリーナも惨めに甚振られることになる異母姉を、
それはそれは楽しみにしていた。
あともうちょっとで、それが叶ったのに。
誓約させる場で竜人がさらっていくなんて思いもしなかった。
悔しさのあまり、唇を噛んだら血の味がひろがる。
「まぁ、そうがっかりするな。
こうなったら別の生贄を用意しよう。下位貴族から召し上げればいい」
「下位貴族から?」
「あぁ、まだ学園に通っていない夜会デビューもしていない年頃の、
綺麗な容姿の娘を下位貴族の中から探して召し上げればいい。
数年もすれば立派な生贄になるだろう」
「……銀髪はいますか?」
「銀髪は無理だろうな。まぁ、お前好みの清楚な女を探してやる。
側妃候補として育てるとでも言えばいいだろう」
「わかりました。それで我慢します」
別な女か……面白くないが仕方ない。
悔しいが、これ以上は何を言っても無駄なようだ。
それだけ竜王国から取り戻すのは無理だということなのか。
はぁぁ。どうやってミリーナに説明しようか。
きっと俺と同じくらい怒り出すに決まっている。
新しい生贄を甚振ることを楽しみにして納得してくれないかな。
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