第4話 だれ?
ここから逃げるのはいいけど、何か言い残したことはないか悩む。
陛下を殺すのは簡単だけど、さすがにそれをすれば逃げにくくなる。
歴代のアリーたちのためにも、どう仕返ししてやろうか。
悩み始めたところで声がかけられた。
知らない声だった。
その声に反応して、誰もがそちらを見た。
「やぁ~久しぶりに様子を見に来てみれば。
この国はやっぱり腐ってんなぁ」
見上げるほど大きな男が一人、窓の外に浮いていた。
と思ったら、ひょいと窓から中に入ってくる。
ずいぶんと背が高く、身体も大きい。
そして目立つのは青い髪。もしかしてこの人、竜人?
どうしてこんな辺境の国に?
「誰だ!お前!?」
「ん?俺?竜王国の陛下の側近。
つまり、属国の様子を確認しに来たわけ」
「なんだと!この国は属国じゃないぞ!」
何も知らされていないのか王太子が間抜けなことを叫んだ。
あぁ、もしかして同じ教師の授業を受けていたのだろうか。
引き分けたことで同盟国になったという嘘を信じたのか。
こちらから戦いを挑んで、あっさりと負けたのに。
しかも竜王国にたどり着く前に、
同盟国にいた竜王国の騎士一人に情けなく負けた。
属国なのに誰も支配しに来ないのは、あまりに遠い辺境の国で、
何のうまみもない国だから放置されていただけなのだけど。
「ふぅん。やっぱりこの国は馬鹿なんだな。
竜王国から遠かったし、関わらなかったのも正解だろう。
まぁ、その辺は後日ゆっくりと思い知ってもらうからいいとして。
ねぇ、そこの令嬢」
「え?私ですか?」
その大男が見ているのは私だった。
深い森のような緑目は穏やかそうに見える。
こんな場なのにあまりにも軽く声をかけてくるので、警戒心が薄れそうになる。
「そう、君!小さいけど、何歳?」
「……小さいですか。一応は今日で十八歳。
成人しましたけど」
「お。成人しているんだ。じゃあ、いいよね。
この国にいる理由なんて、もうないでしょ?
うちの国に来て働かない?」
「え?働く?……竜王国でですか?」
「そう!そんな高度な魔術をひょいひょい使えるような魔術師を雇えるのは、
この世界に一つ、うちの国しかないと思うよ?」
「はぁ……」
あまりにも軽すぎる態度に呆れてしまいそうだったけれど、
竜王国で働けるというのなら悪くない話だ。
結界が使える魔術師はかなり高額だと聞いている。
その上歩き回れるし、姿も消したまま結界を維持できるとなれば……。
私を魔術師として雇えるのは竜王国くらいなものなのかもしれない。
「今の竜王様になって、まだ十年なんだ。
新しい側近を探しているんだけど、一緒に行かない?」
「魔術師としてじゃなくて、側近ですか?」
「うちの国、その辺がおおざっぱだから。
竜王様のそばで働くのは全部側近ってことになるんだ。
で、どうかな?嫌なことはしなくていいよ。
うちの国は自由を重んじるから。行こう?」
「……行ってみて、嫌だったら断ってもいいですか?」
竜王様がどんなひとかわからないし、どんな国なのかもわからない。
この場で働くことを確約されるのは困る。
そう思っておそるおそる言ってみたら、大男は笑って頷いた。
「よし、決まった!とりあえず一緒に竜王国に行こう。
そんで、竜王様と会ってみて決めてくれればいい。
大丈夫だよ、無理やり働かせたりしない。
君ならいくらでも逃げられるだろう?」
……それもそうか。姿を消して逃げればいいだけだもの。
それに、この大男の無邪気な笑い方に警戒心が消えてしまった。
なんとなく信用していい気がする。
少なくとも、この国にいる誰よりも信じられる。
「わかりました。一緒に行きます」
「おい、こら!そんなの認めるわけないだろう!
お前はこの国に捧げるために生かされてたんだぞ!」
竜王国の怖さを知らない王太子だけがかみつくように騒いでいる。
だけど、大男はそれを完全に無視して私の前に立った。
「俺の名はラディ。さぁ、行こう」
「はい」
「おいこら、待てと言っているだろう!」
復讐してから行こうかと思ったけれど、
もうこの国に興味を失ってしまった。
王太子の命令で私たちの邪魔をしようとした騎士たちは、
ラディが竜に変化したことで吹き飛んでしまった。
目の前には青い鱗の竜が光り輝いている。初めて竜を見た。
なんて綺麗なんだろう。
「わぁ、本物の竜だ……」
「すごいだろう。ちょっと壁に穴をあけるから避けてて」
「わかったわ」
私が壁から避けたのを見たラディは尻尾で壁を一面粉砕する。
謁見室から外が見えて、綺麗な空が広がる。
「上に乗ってくれたら動きやすいけど、ここで結界を解くのは不安だよな?
とりあえず、その結界ごと俺の手のひらに乗せて運んでもいいか?」
「ええ、お願いします」
まだ王太子がこちらをにらんでいる。
結界を解いた時に剣を投げられでもしたら危ない。
ラディの言うとおり、このまま運ばれた方が安全だ。
竜の尖った爪で傷つけないようにと、
ラディがそっと私を持ち上げてくれる。
ふわっと身体が浮いたと思ったら、次の瞬間は空にいた。
ずっと閉じ込められていた王宮が小さく見える。
王太子が悔しそうな顔をしていたのが見えて、
ほんの少しだけスッキリする。
さようなら、生贄だったアリーたち。
もうこんな国、なくなっちゃえばいいのに。
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