第6話 結界

ラディの背に乗せられ、竜王国まで向かうことになったが、

竜王国はとても遠い場所だった。

馬車で行こうと思ったら一か月はかかるところにある。


まずは隣の国で街に降り、ラディは私の服と食料を買った。

何も持たずに飛び出してきてしまったので、

支払いは働き始めたら返すことにしてラディにしてもらう。


さすがにドレスのままでラディの背に乗るのは大変だった。

ワンピースの下に男性用のズボンをはいたことで、

動きやすさは格段に上がった。


街で買い物している間に話し合い、

怪しまれないように私たちは兄妹を装うことになった。


ラディは百二十歳で、竜人としては若い方なんだとか。

親子の方がしっくりくるような気がしたけれど、

ラディはまだ結婚もしていないそうなので兄妹ということで落ち着いた。


そして、名前はアリーからリディとなった。

竜王国まで追手は来ないと思うけれど、油断はならない。

ラディに名前を変えたほうがいいと言われ、

兄妹だと思われやすいようにリディと名乗ることにした。


名前はどっちにしても変えるつもりだった。

アリーとは私の名前ではなく、生贄の名前だった。

リディと呼ばれるのは慣れていないけれど、なんだかうれしい。

これから、やっと私の人生が始まるような気がした。



昼はできるだけ飛んで移動してもらって、

夜は竜化したラディに寄りかからせてもらって眠る。


竜人の魔力は竜気という名で呼ばれ、人間の魔力とは性質が違うらしい。

竜化すると竜気が強くなるため、魔獣は恐れて寄って来なくなる。


最初は遠慮したけれど、ラディの鱗は思ったよりも柔らかくて温かい。

温かくて気持ちいいと思っていたらあっという間に寝てしまい、

二度目の夜からは遠慮なく寄りかからせてもらった。


そうして進んだ五日目の昼の休憩の時だった。

干し肉をかじっていると、ラディがそういえばと話を始める。


「なぁ、リディの結界って、他の者は一緒に入れるの?」


「入れると思うわよ。多分」


「なんで多分?」


「やってみたことがないの。

 魔力はあっても魔術は存在すら教えてもらってなかったから。

 それなのに魔術を使ったらおかしいでしょう?

 一人でこっそり使うしかなかったから、

 誰かと試すなんてできなかったの。だから、多分」


「あぁ、なるほどな。

 でも、なんで魔術のこと知らなかったのにリディは使えるんだ?」


「……えっと」


絶対に秘密にしたいわけでもないけれど、話したいわけでもない。

ここ五日ほど一緒に旅をしてきて、ラディの背に乗せてもらって移動しているわけで、

かなり打ち解けてきているとは思うが……。


それでも、私の芯の部分を話すほど仲良しかと言われると違う。

どう断ろうか迷っていると、それに気がついたのかラディに先に言われる。


「あぁ、答えなくていい。

 そのうち話してもいいって思ったら言ってくれ。

 で、俺と一緒に結界を使えるのか試してみてもいいか?」


「うん、やってみるね」


ラディのすぐ横に立って、いつもの六角ではなく半球の形で結界を張る。

この大きさなら数人は入れるはずだ。

結界の中に入ったラディは興奮して結界をゴンゴン叩いている。


「おおお。すげーな。俺でもこれを壊すのは無理そうだ。

 なぁ、俺の背に乗りながらでも結界を張れるか?」


「あーそれは無理かも」


「なんで?」


「うーん。実際にやってみたらわかると思う」


ラディが青い竜に変化したのを確認して、その背に乗せてもらう。

そのまま球状に結界を張ると……ラディの変化が解けた。


「んぁ??」


「ひゃぁ」


ラディが竜になるとかなり大きく、その上に乗っていたものだから、

急に変化が解かれて地面へと落ちていく。

変な悲鳴を上げたらラディが気がついてくれて、地面に落ちる前に抱えてくれた。


「大丈夫か?今のはどういうことなんだ?」


「結界の中で魔術が使えるのは私だけなんだと思う。

 竜の変化は魔術じゃないからどうかと思ったけど、

 おそらく脅威になるものは受けつけないのかも」


「つまり、人の形なら大丈夫だけど、

 竜の形だと暴れるかもしれないからダメだと?」


「多分そうなんじゃないかな。

 術者の危険になるものは受けつけないようにできているんだと思う。

 この術を組み立てたのは私じゃないから

 どこまでが大丈夫かはわからないけれど……」


「そうか。ほら、背に乗せて飛ぶときに風とかつらそうだったから、

 結界張っていればリディが楽なんじゃないかと思ったんだが」


「あぁ、そういうこと」


どうやらラディがこんなことを言い出したのは私のためのようだ。


普通の人間としてもあまり大きくない私は、

竜人のラディにしたら子どもに見えるらしい。

最初に何歳か聞いたのも、十歳くらいだと思っていたらしく、

竜王国に連れて行って大丈夫か心配していたそうだ。


ラディの背中に乗って移動している間も、

風で飛ばされないかハラハラすると言っていたのを思い出した。


本当なら竜王国まで五日もあれば着くらしいのに、

時間がかかっているのは私に気をつかってくれているからだった。

これほどまで気にされるのなら何とかならないかな。


ラディを土台だと思えば壊れずに済むかもしれない。


「ラディ、もう一度試してもいい?」


「おう、いいぞ」


またラディに竜に変化してもらって、大きな背中に乗る。

魔術で位置を固定して、私だけに結界を亀の甲羅のように張る。

ラディを結界に入れるんじゃなく、ラディの上に結界を張ってみた。

……ラディの変化は解けない。


「ラディ、これなら大丈夫みたい。

 位置も固定させたから、何があっても動かないわ」


「本当か!よし、これなら今日中に竜王国に着けるぞ!」


「じゃあ、休憩の片づけをしたら出発しましょう」


この世界で一番の強国。竜王国。

先代の竜王様の時にこの世界の半分は属国になったと聞いている。

その竜王様の後を継いだ、新しい竜王様。

どんな方なのか期待もあるし、ちょっとだけ不安も感じていた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る