第39話


夢を見ていた。


中学時代の、懐かしい夢だった。


忘れもしないあの日。


俺は机の中に入っていた手紙の呼び出しで、くれなずむ放課後の屋上へとやってきていた。


『あ、加賀美くん。来てくれたんだね。そのまま帰っちゃうかもってちょっと心配だった』


『なるほど…あの手紙の主は貴様か…』


厨二病に侵されていた当時の俺の言動は常に痛々しかった。


本当は差出人不明の手紙の主が、学校一の美少女である星宮だったと知って驚いていたのに、俺は自分の設定もとい世界観に基づいて、全く驚いていないふうを装う。


『え、もしかしてバレちゃってた…?私の気持ち…』


『ふっ…予想していたことだ。俺には全てがお見通しだ』


『そうなんだ…何だか恥ずかしいな』


『俺に正体を見破られたことを恥じることはない。俺は全てを見通す目を持っている。随分前からやたらと接触してくるお前を俺は常に警戒していた。だからこうしていずれ仕掛けてくるであろうことはあらかじめわかっていた』


『やっぱりそうだよね…あれだけ話しかけてたらバレちゃうよね…じゃあ、言います。加賀美くん。あなたのことが好きです。私と付き合ってください』


『…は?』


『え…?』


『貴様…何と言った…?』


『え、き、聞こえてなかった…?だからその…加賀美くんのことが好きだから付き合って欲しいなって…』


『付き合う?なんのことだ?作戦行動に加われということか?』


『作戦行動?というか、男女交際、みたいな…』


『男女交際、だと…?』


『う、うん…そう…一緒に映画見たり、買い物したり…さ、最終的にはお互いの部屋に行ったり…そういう関係になりたいです…さ、作戦行動といえばそうなのかな?』


『…』


『加賀美くん…?』


『く…』


『く…?』


『くははははははは!!』


『…!?』


『なるほど…!そういうことか!そういうことだったのか!』


『か、加賀美くん…?どうしたの…?』


『星宮。甘い、甘いぞ。その手には乗らない』


『え、その手には乗らないって、どういうこと?』


『貴様…力では俺に敵わないからって色仕掛けで俺を惑わす作戦だろう?』


『え、色仕掛け?』


『組織の考えそうなことだ…。奴らは俺の力を恐れている。真正面からの戦いで俺に勝てないと知っているからだ。だから…お前という刺客を使い、色仕掛けを行った…!そうだろう…!』


『ごめん…何言ってるのか全然わからないかも…』


『何…?星宮お前、組織の人間じゃないのか?』


『組織…?事務所には所属してるけど』


『事務所…?組織の連絡事務所ということか?』


『普通の芸能事務所だよ』


『…芸能事務所か』


『うん』


『…』


『…』


『確認なんだが』


『何?』


『星宮は俺の命を狙っているわけではないのか?』


『命…?私が?』


『俺を色仕掛けで籠絡し、殺すために組織に雇われたエージェントではないのか?』


『組織?とかエージェント?とかはよくわからないけど、私が加賀美くんを殺すわけないよ』


『…なるほど。つまり星宮は俺の敵ではないということか』


『うん。加賀美くんが何言ってるのかはわからないけど、敵じゃないよ。むしろどっちかっていうと味方っていうか、もっと近くにいたいっていうか』


『…それはダメだ』


『え…?』


『悪いな星宮。俺には使命がある』


『し、使命…?』


『ああ。この世界を裏で操る組織との戦いだ。この戦いで勝利しなくては世界が滅びる。世界の命運は俺の選択次第と言ってもいい。これはとても重大な任務なんだ。危険も伴う。もしかしたら命を落とすかもしれない。だから…お前を巻き込むわけには行かない』


『…それは、ダメってこと?』


『わかってくれ。お前を近くに置いておくわけには行かないんだ』


『…そっか。だめ、なんだ』


『すまないな』


『私、振られちゃったみたいだね』


『星宮。お前は普通の世界で普通の日常を送れ。その方がお前にとって幸せだ。それじゃあな』


それらしいことを言って俺は星宮に背を向け

て屋上の出口に向かう。


あの時の俺の頭の中にあったのは、自分の設定通りに行動をすることだ。


他人の気持ちなんて少しも考えなかった。


だからその時に星宮が一体どんな気持ちだったのか、後になってようやくわかった。


俺は最低なことをした。


星宮の気持ちをくだらない理由で無碍にして、一生に一度のチャンスを棒に振った。


この後にどうなるかは知っている。


俺は屋上を出ようと扉に手をかけながら、去り際に一度だけ後ろを振り返る。


そして、星宮の泣き顔が目に入る。


その瞬間、目が覚めるのだ。


それがいつも見る夢のパターンだった。


『待って、加賀美くん』


『え…』


だが今日は違った。


いつもならもう目が覚めていてもおかしくな

いのに、夢が続いている。


星宮が俺を呼び止め、俺はゆっくりと振り返った。


『使命があるなんて、嘘だよね?』


今日の星宮はないていなかった。


まるで全てを知っているかのような表情で俺をまっすぐに見据えている。


『加賀美くんに世界を救う重大な使命なんてないよね?それは加賀美くんの思い込みだよね?』


『なに、をいっている…?』


『私は真剣なの、加賀美くん。加賀美くんのことが本当に好き。だから…もう一回ちゃんと考えてほしい。考えて…答えを出して欲しい』


『答えならさっき出した。俺には使命がある。それ以外のことに関わっている時間は俺にはないんだ』


『嘘つき』


『なんだと?』


『加賀美くんはただの高校生でしょ?裏の組織なんて存在しないし、あったとしても加賀美くんは狙われてないよ』


『何が言いたい?』


『加賀美くんの言っていることは全部嘘だってこと。本当は私を振るためのお芝居、口実なんでしょ?』


『違うな。俺は本当に組織から狙われているし、世界の命運をかけて日々戦っている。一

般人の星宮にはわからないだろうがな』


『じゃあ聞くけど、なんで組織は加賀美くんを狙うの?』


『決まっている。それは組織が俺の能力を恐

れているからだ』


『能力?どんな?』


『それをお前にバラすわけには行かない。お前が組織のエージェントかもしれないからな』


『能力って特別な力ってこと?それじゃあ、今見せて?』


『なんだと…?』


『私の前でその能力を使って見せて。そしたら、信じてあげるから』


『…それはできない』


『どうして?』


『他人に見せるわけには行かない』


『誰にも言わないから。絶対に。約束するから。ね?』


『そ、それでも無理だ』


『…どうして?』


『は、発動条件が整っていない』


『なにそれ』


『俺の能力はある特定の条件下でのみ発動できるんだ。今じゃない』


『ほら。能力なんてないんじゃん』


『ち、違う!俺には確かに特別な能力が…!』


『ねぇ、加賀美くん。本当のことを言ってよ』


星宮が近づいてくる。


そして、至近距離から真剣な眼差しで見つめてくる。


『私のこと好きなんでしょ?』


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