第38話
その日の朝、いつもの時間に目覚まし時計の音で覚醒した俺は、体にのしかかるような倦
怠感に顔を顰めた。
身体中が熱を帯びており、喉の奥が痛い。
起きあがろうとしても、足や腕に力が思ったように入らなかった。
何とかベッドから出てふらふらと歩き、寝巻き姿のままリビングへ。
「兄貴おはよ」
「おは…よう」
朝食を食べていた桜に力ない声で挨拶を返した後、体温計を手に取って脇に挟んだ。
「マジか…」
結果は38度。
平熱が36度弱であることを考えると、立派な風邪である。
「兄貴どうしたの?具合悪いの?」
桜が近づいてきた。
俺は桜に体温計を見せた。
「風邪みたいだ」
「わ、ほんとじゃん。大丈夫?」
途端に心配そうな表情になる桜。
普段は俺に対しては適当な態度しか取らない桜だが、昔から病気の時は妙に優しいのだ。
「ちょっとしゃがんで?」
「…?」
「おでこ。触らせて」
「…あんまり近づくと移るぞ」
「いいから早く」
「…これでいいか?」
俺が姿勢を低くすると、桜が徐に顔を近づけてきて俺のおでこに自らのおでこをくっつけてくる。
「あつっ!?めっちゃ熱あるじゃん!!」
「だからそう言ってんだろ…げほげほ」
「今日は学校休みなよ兄貴。絶対にそうした方がいい」
「…そうだな。この状態ではいけそうもない」
「早く部屋に帰って寝ときなよ。学校へは私が電話しといてあげるから」
「いいのか…?」
「うん。こういうのって本人より家族が電話したほうが信ぴょう性あるでしょ」
「…頼む」
正直喉が痛くて声を出すのも億劫だったため、桜の申し出はありがたかった。
俺は桜にお礼を言って自分の家へ引き上げた。
ベッドに入り、体を横たえる。
程なくして桜が俺の部屋にやってきていった。
「学校に連絡しといたから。担任の先生が出席扱いにしとくから心配するなって。ちゃんと休めって言ってたよ」
「…そうか。ありがとな」
「きついなら私も学校休んで面倒見ようか?」
「…いや、お前は学校に行け。一人で大丈夫だ」
「そっか。わかった。じゃあ、今日は早く帰ってくるからそれまで待っててね。帰りに何か食べやすいもの買ってくるから。フルーツとか」
「…ああ。頼む」
「ゆっくり休んでね兄貴」
そう言って桜は部屋から出て行った。
俺は桜の優しさに感謝しつつ、ベッドの中で目を閉じた。
すぐに眠気がやってきた。
「星宮先輩がウチに来てくれうなんて、本当に感激です!」
「あはは。大袈裟だよ」
「ファンです!いつもテレビで見てます!!今放送中のドラマも見てますよ!!」
「ありがとう、桜ちゃん」
「あ、あの…よければ後でサインとか…」
「もちろんいいよ」
「やったぁ!!嬉しいです!!」
「それでえっと…加賀美くんは今、部屋で寝てるの?」
「はい。兄貴は部屋で寝てると思います」
「そっか。ちょっと様子を見てもいい?担任の先生から風邪って聞いて少し心配で」
「もちろんです!私、お茶とかお菓子とか用意するので!」
「あはは。別に大丈夫だよ。お構いなく、ね」
「いいえ!そういうわけにはいきません!それじゃあ、星宮先輩は兄貴の部屋にいてください!」
「わかった。ありがとね、桜ちゃん」
誰かの声が俺の意識を微睡からゆっくりと汲み上げた。
どたどたと階段を勢いよく駆け降りていく足音がする。
それとは別に、こちらの部屋へと近づいてくる気配があった。
来客だろうか。
俺はぼんやりとした視界で、ドアの方を見た。
「お邪魔しまーす…加賀美くん…いる?」
誰かがドアを開けて中へと入ってきた。
気遣うような小さな声で俺の名前が呼ばれる。
「ほし…みや…?」
あれ…幻覚だろうか。
俺の部屋の中に星宮がいる気がする。
何で星宮が俺の部屋に?
俺は夢でも見ているのだろうか。
「あ、加賀美くん…いた。大丈夫?熱は下がった?」
「…なん、で…ここに?」
「えっとね…担任に頼まれてプリントを届けにきたんだけど…加賀美くん、風邪なんだって?大丈夫?」
「ごらんの、通りだ…」
「だいぶきつそうだね。起きないで、寝たままでいいから。プリントは机に置いておくね。あと…ここにくるまでに色々買ってきたから」
「…?」
「おでこにはる冷たいやつと果物ゼリー。果物ゼリーは桜ちゃんに頼んで冷蔵庫に入れてもらったから後で食べてね。おでこに貼るやつ、いる…?」
「わざわざ…プリントのために…ここまで…?悪いな…」
「ううん、大丈夫だよ。というかプリントはほとんど口実かな。加賀美くんが心配だったから。ほら、覚えてる?中学の時、加賀美くんすっごい熱出して体育の授業中に倒れたでしょ?それで保健室に運ばれてた。保健室の先生が心配して救急車まで呼んじゃって大騒ぎになったでしょ?あの時のこと思い出したら、大丈夫かなって」
「…ただの熱だ…心配ない…寝てれば治る」
「そっか。酷いようならちゃんと病院に行かなきゃダメだよ。今おでこのやつ貼ってあげるね」
懐かしい思い出話を持ち出したに星宮は、おでこに貼る冷たいやつを準備して、俺のおでこに優しく貼ってくれる。
ひんやりとした感覚がおでこに広がり、気持ちが良かった。
「どう?」
「…」
俺は小さく首を縦に動かした。
「よかった」
星宮は笑顔を浮かべ、その後も水分補給とか部屋の温度調整とか、あれこれ世話を焼いてくれた。
「何かして欲しいことがあったら言ってね、加賀美くん」
「…ありがとな、星宮」
久しぶりに高い熱を出して精神的に参ってしまっていたからだろうか。
誰かが近くにいるというだけで、何だか安心する気がした。
おでこが涼しくて気分がいい。
また眠気がやってきた。
俺は目を閉じて脱力する。
「んー、ん〜」
星宮だろうか。
鼻歌が聞こえてくる。
まるで子守唄のようにして、俺は眠気を誘われ、気づけば意識を手放していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます