第37話
「加賀美。どうだったんだ?」
放課後。
帰り支度をしている俺の元へ、期待するような表情の町田がやってきた。
俺は町田にどう伝えたらいいものか一瞬考えたが、結局ありのままを伝えるしかないと思い、言った。
「すまん。ダメだった」
「は…?」
町田の表情が凍りつく。
俺は心苦しさを感じながらも続けた。
「有栖川に頼んでみたんだが、連絡先は教えて欲しくないって言われてしまった」
「…何だよそれ」
町田が納得していないのは目に見えてわかった。
視線がだんだんと厳しくなり、やがて睨むようになる。
「何で断られたんだ?」
「わからない。ただ、ダメと言われた」
「本当か?嘘じゃないだろうな」
「嘘じゃない」
「…どんな聞き方したんだ?」
「友達になりたいって伝えた」
「…それで、何でダメなんだよ」
「わからん」
町田は明らかに苛立っていた。
連絡先を交換した有栖川にイラついている、というよりも目の前の俺にイライラしているように見えた。
何度も何度もどんな感じで有栖川に頼んだのか、俺に聞いてきた。
まるで俺の方に落ち度があるかのような態度だった。
町田の気持ちはわからなくもない。
有栖川に拒絶されたことがショックですぐには受け入れられないのだろう。
だがその怒りを俺にぶつけるのははっきり言ってお門違いだ。
俺は俺なりに町田に気を遣って行動したつもりだった。
有栖川の答えは俺には変えようがない。
教えたら殺すとまで言われはっきり拒絶されてしまった以上、俺には有栖川の意思を町田に伝える以外に出来ることがなかった。
「変な聞き方したんじゃないだろうな?」
「してないな」
「本当だろうな?」
「ああ。町田が友達になりたがっているから連絡先を渡してもいいか。だいたいこんな感じで聞いた」
「…それで何でダメなんだよ」
「さあ」
俺に聞くなよ。
そんな言葉が喉元まで出かける。
そんなに俺が信用できないというのなら直接本人に聞けばいいことだ。
「直接、本人に聞いてみればいいんじゃないか?」
「あ?」
町田がギロリと睨んでくる。
俺はまだ納得できず、怒りが収まらないといった町田に、あくまで冷静な口調で提案する。
「本人に直接言えば、もしかしたら交換してもらえるんじゃないか?」
「何が言いたいんだ?」
「いや…そのほうが気持ちが伝わるんじゃないかと思ったんだ」
「今まで面識なかった俺がいきなり有栖川に話しかけたら怖がられるかもしれないだろ」
もっともらしく町田がそんなことを言う。
だが俺には町田のその言葉は言い訳めいて聞こえた。
「そうか?有栖川はそんなことで怖がるようなやつじゃないと思うが」
「加賀美って有栖川と付き合ってるわけじゃないんだろ?」
「ああ」
「じゃあ、加賀美には有栖川のことなんてわからないよな」
「…」
そう言われればどうしようもないが。
しかし多少なりとも有栖川と関わった人間として、俺は有栖川がクラスメイトの男子から連絡先を聞かれただけで恐怖を覚えるような気弱な女子ではないことぐらいはわかっているつもりだった。
「もう一回聞いてみてくれないか?」
「え…?」
「明日もう一回、有栖川に連絡先を教えてもいいかどうか聞いてみてくれ」
「いや、それは…」
「別にそれぐらいいいだろ?有栖川と加賀美は友達なんだし」
「うーん…」
「それとも俺と有栖川が連絡先を交換して加賀美に何か不都合なことがあるのか?」
「別にそれはないが…」
「だったらいいだろ?」
流石の俺も町田とのやりとりを億劫に感じてきた。
そこまで有栖川の連絡先が欲しいのなら直接本人のところに行けばいいのではと思ってしまう。
だが、俺がそう言っても町田は有栖川が怖がるといけないからと先ほどと同じことを言うだけだろう。
断ってさっさと帰ってしまおうかとも考えたが、町田の恨みを買うのも面倒だ。
何かいい切り抜け方はないものかと悩んでいると、誰かが近づいてくる足音がした。
「ねぇ、何してんの?」
刺々しい足音に町田が振り向いた。
「あ、有栖川!?」
そして焦ったような上擦った声を出す。
有栖川は冷たい瞳で町田を睨みつけながらいった。
「あんたが町田?」
「あ、ああ」
町田がおずおずと頷いた。
有栖川と目を合わせるのが気まずいのか、視線はあちこちに飛んでいる。
「加賀美を使い走りにしたの、あんた?」
「つ、使い走りというか…加賀美に頼んで…その…」
「なんか私に言いたいことあんの?」
「え…?」
「私に言いたいことあるなら今言えば?」
「それは…」
「さっさとして。私待つの苦手なんだけど」
有栖川が腕を組んで町田を睨みつける。
町田は一瞬口を開いて何かを言いかけたが、意思が折れたように視線を伏せた。
「な、何でもない」
「はぁ?」
「邪魔して悪かった。すまん」
そう言って町田は逃げるように教室を出て行ってしまった。
町田の背中を見送った有栖川が呆れたように吐き捨てた。
「マジで何なのあいつ。何がしたかったわけ?」
「…お前が威圧するからだろ」
「はぁ?私のせい?」
「いや…怒るな。責めてるわけじゃない」
「私に言いたいことがあるんなら直接言えばいいんじゃないの?」
「まぁ、そうだな」
そこに関しては本当にぐうの音も出ない正論だと思う。
「あんたも。簡単に使い走りなんかになるな」
有栖川が俺を睨みながら言ってきた。
「次またあいつに言われて連絡先とか聞いてきたら本当に怒るから」
「わかったよ。次頼まれても断る」
「…ん。ならいい」
「悪かったな。不快な思いをさせて」
俺は有栖川に謝った。
有栖川はじーっと俺をみた後、言った。
「勘違いしないで」
「…?」
「べ、別にあんたのことが嫌なわけじゃないから…ただ…あんたが簡単に男に私の連絡先を渡そうとするから…むかついただけで…」
「え?何だって?」
後半になるにつれてどんどん声が小さくな
り、最後は蚊の鳴くような声量だったためによく聞き取れなかった。
「な、何でもない!」
聞き返すと有栖川はふんとそっぽを向いてそれから歩いて行ってしまった。
「…?」
奇妙な有栖川の言動に俺は首を傾げるが、しかし俺に対してそこまで怒りを感じているわけではなさそうだ。
あのぶんだと町田が再度俺に有栖川への仲介役を頼んでくることもなさそうで、この件はこれで解決を見たと判断し、安堵の息を漏らすのだった。
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