第36話
「何がダメだったんだ…?」
有栖川は行ってしまった。
俺は一人首を傾げながら教室に戻った。
一体何が有栖川をあそこまで怒らせてしまったのだろうか。
俺はただ単に町田の使い走りとして連絡先を教えてもいいかどうか聞いたにすぎない。
あいつのことだから、興味なさそうな感じでOKを出すのかと思った。
だが有栖川ははっきりとした拒絶の意思を示した。
教えたら殺すとまで言われてしまった。
クラスメイトに連絡先を教えてもいいか聞いただけでなぜあそこまで怒るのか、俺には理解ができなかった。
「まさか…過去に町田と何かあったのか…?」
もしかして過去に有栖川と町田の間に何かがあり、俺は知らずのうちに有栖川の地雷を踏み抜いてしまったのだろうかと、そんなことを考えてみたりする。
有栖川がどうして怒ったのか、理由はわからないが、今後はあまりこの話題はあいつの前で出さないのが賢明かもしれない。
「どうだった?」
教室に戻ると御子柴が俺を待っていた。
「有栖川は町田に連絡先を教える許可を出したのか?」
「ダメだった。聞き方が悪かったのか、相当怒ってた」
「だろうな」
俺がそういうと御子柴は全てわかっていたとでもいうようにしたり顔になる。
「どういうことだよ」
「言ったろ。そんなこと有栖川に軽々しく聞いたら絶対に有栖川は怒るって」
「…そういや言ってたな。何でわかったんだ?」
「そりゃそうだろ。怒るに決まってる。お前のことだから俺のアドバイスを無視して、アホヅラ引っ提げて町田に連絡先教えてもいいのかって何食わぬ感じで有栖川に聞いちゃったんだろ?」
「…アホヅラ引っ提げてってなんだ」
「俺はお前のためを思ってアドバイスしたのによ。不本意な態度を滲ませれば少しはマシだったかもしれないのにな」
「意味がわからん。たかがクラスメイトに連絡先を教えるぐらいでどうしてそんなに怒るんだ?まさか有栖川と町田って過去に何かあったのか?」
「そうじゃねぇよ。有栖川と町田は別に過去に何もない、今の時点でもほとんど赤の他人同士だと思うぞ」
「だったらなんで…」
「はぁ…わからないかぁ…やれやれ」
御子柴がため息をついて頭を抱える仕草をする。
芝居がかっていてやたらと鼻につく。
「何だよ。言いたいことがあるならはっきり言えよ」
「別に特に俺からいうことはないな。ただ…頑張れよとしか言えん」
「何を頑張るんだよ」
「それはお前が自分で考えろ」
「…マジで何なんだよ」
本当に意味がわからない。
だが少なくとも御子柴には有栖川が怒った理由に心当たりがあるようだった。
そこまで友達が多くないくせにやたらと情報にさといこいつのことだから、もしかしたら有栖川に関して俺の知らない情報を持っているのかもしれない。
今後有栖川の逆鱗に触れないためにもそれを知っておきたかったが、俺が尋ねても御子柴はどこ吹く風で結局何も教えてくれなかった。
「そんじゃ、俺は飯食いに行ってくるわ」
御子柴が立ち上がって一人で食堂へ向かった。
俺は自分の席に座って、有栖川を怒らせてしまった理由に関して頭を悩ませる。
「加賀美くん。昼食は食べないの?」
しばらくそうしていると、ふと名前を呼ばれた。
顔を上げると、星宮がニコニコとした笑顔を浮かべて俺の横に立っていた。
「加賀美くんいつも食堂だよね?早く行かないと時間がなくなるんじゃない?」
「今日はいいかなと思っている」
実際、今から食堂へ向かっても美味しいメニューは売り切れとなってしまっているだろう。
別段昼飯を抜いてもあまり困らない俺は、今日は昼食抜きでもいいかなと思っていた。
「そうなんだ。お腹空かないの?」
「朝結構食べる派だから大丈夫だ。それに昼飯抜きは午後の授業で眠くならないっていうメリットもあるしな。星宮は昼飯はいいのか?」
「おにぎり一個食べたよ。それだけで十分かな」
「星宮こそお腹空かないのか?」
「空くけど…この間夜更かししてポテトチップスとかたくさん食べちゃったしね。ダイエット中」
「撮影終わったご褒美ってやつか」
「そう。あの日、加賀美くんに太るぞって言われて、なんかすごい気にしちゃって。ポテトチップス食べた後罪悪感がすごかったんだよね。だからダイエットしてるの」
「…え、俺のせい?」
「うん」
「なんかすまん」
「反省して」
「…します」
「よろしい」
「…はい」
「ま、冗談はさておき」
「いや、冗談かよ」
星宮が真面目腐った顔でいうものだから、思わず信じてしまった。
冷静に考えたら国民的人気アイドルの星宮が、俺の言葉一つにそこまで振り回されるなんてあり得るはずがなかった。
「有栖川さんと何してたの?」
「え?」
「たまたま目に入ったんだけど、加賀美くんと有栖川さんが一緒にどこかに行ってたから。
帰ってきた時は加賀美くん一人だったし。有栖川さんは今食堂?」
「だと思うぞ」
「何話してたの?」
「大した話じゃない」
「そうなの?帰ってきた時すごく気落ちした感じだったけど、加賀美くん。もしかして告白でもして振られた?」
「そんなわけないだろ。何で俺が有栖川に告白するんだ」
「えー、だって二人って最近すごく仲良さげじゃん。よく話してるの見かけるし」
「勉強教えてたからな。その流れで話したりしてるだけだ。というか有栖川は最近は俺以外のやつともよく喋ってるぞ」
「そうかもしれないけど…でも、異性は加賀美くんだけだよね?側から見てたら何かあるのかなって」
「…よく見てるんだな星宮」
「え…」
星宮がハッとした顔になった後、少し気まずそうに視線を逸らした。
「うん…見てるよ。だって加賀美くん、目立つし」
「…俺が?目立つ?有栖川がだろ」
「ううん、加賀美くん、結構目立つよ」
「…それって浮いてるの間違いじゃないか?」
「そうともいうかも」
「おい」
「あはは。嘘だって。本当に目立ってるもん。少なくとも私にはそう見える。ま、それはいいじゃん。それよりも…有栖川さんと何話してたのか教えてよ。なんか気になる」
「あー…そうだな。あんまり人には言わないで欲しいんだが」
「もちろん言わないよ」
星宮がそう言ったので、俺は町田の名前を伏せながら、有栖川に連絡先を教える許可をもらおうとして拒絶されたことを伝えた。
「なんかあいつが急に怒り出してな。理由がよくわからないんだ」
「うわー」
俺が有栖川が怒り出した理由がわからないと言った瞬間、星宮がちょっと引いたような声を出した。
「え、何だよ」
「加賀美くんってそういうところあるよね〜」
「星宮…お前もか」
「私が何?」
「いや…御子柴にもおんなじような反応されたから」
「そりゃ誰だってそうなるよ」
「マジでどういうことなんだ?星宮には有栖川が怒った理由がわかったのか?」
「えー?どうなんだろ」
星宮がニヤニヤし出した。
ちょっと口元にイタズラっぽい笑みを浮かべながらいった。
「わかるようなわからないような?」
「…何だそれ。それわかってる時の言い方じゃないのか?」
「どうでしょうねー」
「頼む教えてくれ。これ以上あいつを怒らせたくない」
「大丈夫だよ。多分この件をこれ以上持ち出さなければ有栖川さんは怒ったりしないよ」
「…そうなのか?というかこの場合やっぱり町田と有栖川の間に過去に何かあったと見るべきなのか?」
「んー?」
「有栖川は町田と過去に何かあったから俺が連絡先を教えてもいいか聞いた時に怒ったって、そう思ったんだが違うのか?」
「違うんじゃない?そういうことじゃないと思うよ〜」
「違うのか。じゃあどういうことなんだ」
「さあね〜」
「知ってるなら教えてくれ」
「知らな〜い。それじゃ、加賀美くん。聞きたいことは聞けたし、私はそろそろ行くね。授業の準備あるし」
「あ、おい」
ひらひらと手を振って星宮は自分の席へ戻ってしまった。
結局有栖川が怒り出した原因については何も突き止めることができず、それよりも俺は町田に断られたことをどう説明するかについて頭を悩ませなければならないのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます