第35話


昼休み。


俺は早速有栖川に町田の件について聞いてみることにした。


「有栖川さん、昼ごはん一緒に食べない?」


「有栖川さん、今日も私たちと食べるよね?」


「今日は食堂に行くの有栖川さん?私も食堂だから、もしそうなら一緒に食べたいんだけど」


授業が終わるとともに、有栖川の周りには早速女子たちが群がりつつあった。


有栖川を取り囲み、一緒に昼食を食べようと口々に誘っている。


「すまん、有栖川。ちょっと話があるんだが」


女子たちと共に食堂に向かいそうになっている有栖川を俺は呼び止める。


「加賀美?何」


有栖川が足を止めてこちらを振り向く。


「ちょっと話があるんだが」


「…話?」


有栖川が女子たちをかき分けて俺の目の前にやってくる。


「話って何」


「…えーっと。そのだな…」


俺は有栖川の後ろにいる女子たちをチラリとみる。


流石にこの状況で町田の件を有栖川に持ち掛けるわけにはいかなかった。


これだけ大勢に聞かれるのは町田の本意じゃないだろう。


「あんまり人に聞かれたくない話なんだが…」


「え…」


「二人きりで話せないか?」


「…」


パチパチと有栖川が目を瞬かせた。


視線が逃げるように下に逸れた後、徐に首が縦に振られた。


「うん。いいよ」


「悪いな。大した時間は取らせない」


有栖川が了解してくれて俺は内心ほっと胸を撫で下ろす。


「さ、先に食堂行ってて。私も後から行くから」


有栖川が女子たちにそんなことを言った。


「有栖川さん頑張って!」


「有栖川さんファイト!」


「有栖川さん応援してるよ!!」


女子たちが謎に目をキラキラさせて有栖川に

エールを送っている。


「う、うるさい!さっさと行って!」


それに対して有栖川はわずかに頬を赤らめて、さっさと食堂に向かえと女子たちを追い

立てる。


女子たちが教室からさった後、有栖川がこっちをみてぼそっと言った。


「…で、どこに行けばいいわけ」


「ついてきてくれ」


よくわからないが、有栖川が気を使ってくれたのだと解釈して、俺は有栖川とともに教室を出たのだった。



「話っていうのはだな」


廊下を歩き、人気のないところへやってきた俺は早速町田の件を有栖川に聞くことにした。


有栖川は、なぜか俺と目を合わせることをせず、視線をあちこちに忙しなく動かしている。

手の動きも、指を絡めたり、離したり、握ったりしていて落ち着きがない。


ひょっとしてトイレでも我慢しているのだろうか。


さっさと要件を済ませておいた方がいいと判断した俺は、単刀直入に聞くことにした。


「二人っきりで話したいことって何?」


「そのだな…大したことじゃないんだが…実はある人物からお前の連絡先を教えて欲しいって頼まれててな。一応本人に確認しておいた方がいいと思って、聞いておきたかったんだ」


「…は?」


忙しなかった有栖川の動きがぴたりと止まった。


俯きがちだった視線が、今度は真っ直ぐに俺を捉える。


声は低く、その視線は驚くほどに冷えていた。


「何それ」


「い、いや…その…だから、お前の連絡先を聞きたがってる奴がいるんだよ…」


何か気に触ることでも言ってしまったのだろうか。


俺はビクビクしながら、全てを話す。


「誰なの」


「く、クラスの…町田だ…」


「町田?」


「ば、バスケ部の町田だ…今朝、お前の連絡先が欲しいって頼まれたんだよ。教えても良かったんだが、一応お前に許可をもらっておこうと思ってな」


「…何それ」


時間が経つごとに有栖川が苛立っていくのがわかった。


両腕が組まれ、厳しい視線が俺を睨みつけ、右足がかつかつと地面を叩いている。


「そんなことのためにこんなとこまで連れてきたわけ?」


「…そ、そうだ。時間をとらせてしまってすまん」


「そんなの教室で言えばいいじゃん」


「…いや、けどそれだと町田がどう思うかわからないだろ?」


「あんた町田と友達なの?」


「いや、違うが」


「じゃあ何でそんなに気を使ってるわけ?」


「…わ、わからん」


考えてみれば確かにそうだ。


なぜ俺は友達でもない町田のためにここまで気を回してやっているのだろう。


「大体、何のために私の連絡先が欲しいの?」


「と、友達になりたいそうだ」


「きも」


「え…」


「だったらあんたを使わないで自分で直接言いにくればいいじゃん」


「…」


それはごもっとも。


そう思ったが口には出さないでおいた。


有栖川の地面を踏むスピードはどんどん早くなっていっている。


余計なことを言って本格的に怒らせたくはなかった。


「ど、どうするんだ?」


「何が」


「れ、連絡先町田に教えてもいいのか?」


「…っ」


有栖川が俺を思いっきり睨みつける。


今にも殴りかかられそうな怒気を感じて俺は二、三歩後ずさる。


「仮に」


「…?」


「私が教えていいって言ったとして」


「あ、ああ」


「あんたは教えるわけ?」


「な、何が?」


「私が許可したら町田に私の連絡先、教えるのかって聞いてんの」


「え、いや、そりゃあ…許可されたなら教える…だろ…?」


言葉を選びながら慎重に答える。


有栖川の視線がさらに厳しくなる。


「…っ…マジ腹たつ」


「…っ!?」


「本当ムカつく」


「す、すまん…!」


わけもわからず俺は謝った。


有栖川が何に対して怒っているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


「はぁ…もういい」


有栖川がため息を吐いた。


ふいっとそっぽをむいて俺の脇を通り抜け、そのままつかつか歩いていく。


「あ、有栖川?」


「話しかけんな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ…結局どっちなんだ」


「ついてくるな」


「町田に教えていいのか?ダメなのか?どっちなんだ?」


「…っ」


有栖川が立ち止まり、ぐるりとこちらを振り向いた。


それから明らかに苛立ちの滲んだ声で言った。


「いいわけないでしょ。教えたら殺すから」


「…っ!?」


殺気の籠った声に、俺はガクガクと頷くことしかできなかった。


有栖川はそのまますれ違う生徒に道を譲らせながら廊下を歩いていってしまった。




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