第32話
俺の予想通り、有栖川はクラス内で人気者になりつつあった。
定期テスト以来、すっかりサボり癖も遅刻癖も無くなった有栖川は、これまでの出席態度が嘘のように毎日学校に来るようになっていた。
授業態度も決して真面目とはいえないが、教師の質問を無視したり、ケータイをいじったりしていないあたり、だいぶ改善されている。
また周囲に対する突き放したような、敵意剥き出しの態度も最近ではだいぶなりを顰めているようだった。
以前口調に棘はあるものの、クラスメイトたちと普通に会話をしている様子が教室内でよくみられるようになった。
そのうちに、有栖川は噂されているほどに不良でもなければ、悪者でもないらしいという新たな噂が広まり、男女問わず有栖川に話しかける人間が増えた。
今では自分の席に座った有栖川が、数人のクラスメイトに囲まれて、談笑の中心にいるという光景も珍しくなくなった。
元々有栖川には人気者になるポテンシャルがあったのだから、こうなるのはある意味当然ともいえた。
有栖川の容姿は非常に整っており、星宮さえいなければおそらくクラス一、あるいは学年一の称号を得ていたことだろう。
また性格も、ぶっきらぼうでわかりにくいところがあるが、決して悪いやつではなく、話してみれば案外楽しかったりする。
そう言うわけで、有栖川はテスト前の孤立していた状態から、一気にクラスの人気者としての地位を得て、有栖川の周りに屯する女子のグループというのまで形成されてきているようだった。
そんな人気者となった有栖川を遠くから見ている俺は、ようやく不当に忌避されていた有栖川が然るべき評価を受けていることに嬉しく思うと同時に、一抹の寂しさも感じていた。
なんだろう。
子供が自分の元から巣立つ親の気持ちはもしかするとこんな感じなのかもしれないとそんなことを思ってしまう。
まあ俺が有栖川にしたことと言えば、ちょっと勉強を教えて彼女の本来の力を引き出してやっただけで、結局有栖川の今の評価は彼女自身の努力によるものなので、俺がまるで有栖川を自分から巣立って行ったかのように考えるのは傲慢かもしれないが。
ともかく、ここ最近の有栖川は学校にいる時間が楽しいらしく、新しくできた女友達と会話をしながら、時折笑顔も見せるようになっている。
この感じだとまたサボり癖が復活するということもなさそうで、次の定期テストで大きなミスさえしなければ、留年することはないだろう。
「すっかり人気者だな」
今日も今日とて、学校に来るなり女友達たち
に囲まれて、楽しく話し始めた有栖川を遠巻きにぼんやりと眺めていた俺は、背後から背中を突かれて我に帰る。
「なんだよ」
振り返ると御子柴がニヤニヤしながら俺のことを見ていた。
「有栖川のことだよ。お前、何をしたんだ?」
「何のことだよ」
「惚けるな。有栖川を変えたのはお前だろ?」
御子柴が女友達たちに囲まれて楽しそうに話している有栖川の方を顎でしゃくりながらそんなことを言ってきた。
俺はチラリと有栖川の方を見た後に、御子柴に対して首を振った。
「俺は何もしてない」
「嘘つけ。有栖川の物腰が柔らかくなったの、明らかにお前と関わりだしてからだろ」
「違う。あいつが自分で考え方を変えたんだろ」
「そういうのいいって。で?どうなの?お前ら。付き合ってるわけ?」
「はぁ?」
「女があんなに急激に変わる理由なんて一つだろ」
「なんだよ」
「それすなわち…恋、だな」
ドヤ顔で御子柴がそんなことを言う。
今までに一度も交際経験のない童貞がよくもまぁここまで知ったような口を聞けるものだと半ば呆れ返りながら、俺はいった。
「あり得ないな。妄想はやめろ」
「妄想じゃない。有栖川のお前を見る目…あれは完全に恋する乙女のそれだね」
「…お前がそう思いたいからそう見えてるだけだろ。俺と有栖川はなんともない。ただ俺は有栖川に勉強を教えただけだ」
「本当にそれだけか?」
「ああ。それだけだ。あいつの俺を見る目が多少周囲と違うんだとしたら、多分勉強を教えてもらったことを必要以上に恩に感じてるんだろうな。あいつは案外いい奴だから」
「おいおい、そりゃないぜ加賀美くん」
御子柴が首を振って、両手を広げて見せる。
いちいち鼻につく仕草だ。
「たったそれだけで有栖川があそこまで変わるわけないだろ。つい数週間前まで、エンコーしてるとかトイレでタバコ吸ってるとかそんな噂をされて、あれだけ孤立してた女だぜ。本人も孤独を貫いて誰とも関わろうとしてこなかった。学校にもほとんど来ず、授業態度は最悪、テストの点数もおそらく悪くて、留年もしくは退学筆頭候補だった不良生徒だ。それが今じゃ、テストの点数は改善、授業態度も出席態度も良化、周囲との関係も良好、一気に人気者にまで上り詰めた。お前が勉強を教えただけで有栖川がここまで変わるはずがないだろ」
「…そう言うこともあるだろ。やればできるってことがわかって自分に自信がついたんだろ。それか、留年したくなくて本格的に尻に火がついたか。ともかく、俺には有栖川に対して大したことはしていないし、何の影響力もない」
「…はぁ。まぁ、そう言うことにしておこう」
御子柴がため息と共に頷いた。
俺はわかってるぜ?みたいな視線が本当にムカつく。
どうあっても俺と有栖川に勉強を教えた以上の関係性を見出そうとしているらしい。
こいつのこう言うところは本当に面倒臭い。
きっとこれからも隙さえあれば色々と詮索してくるに違いない。
俺はその度に御子柴に対応しなければならない先の苦労を思い、重苦しいため息を吐くのだった。
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