第28話


廊下を歩くシーンの撮影は、明日へ持ち越しとなった。


星宮は責任を感じているのか、相当落ち込んでいる様子だった。


演技が上手くいかなかったこともそうだが、それ以外にも何か事情がありそうな雰囲気だった。


俺如きには芸能人の悩みなんて理解できないが、流石にこの状態の星宮を放っておくのも忍びなかった。


「撮影お疲れ。これ、奢りだ」


近くの自販機でジュースを買った俺は、星宮に渡した。


「いいの?」


「ああ」


「ありがとう」


星宮は笑顔を浮かべてジュース缶を受け取り、タブをひっくり返して口をつけ始める。


下校時刻まではまだ少し時間があった。


俺たちは、階段に座って撮影の疲労を癒すことにした。


「…」


「…」


しばらく無言の時間が続いた。


星宮は体を丸めて、少しずつジュースを飲んでいるようだった。


「演技…もしかして調子が悪いのか?」


「…うん」


星宮が頷いた。


「あんなにダメ出しを貰っちゃったのは初めてかも」


「…そうなのか」


「いつもはもう少し上手くいくんだけどね」


「…俺には上手く見えたけどな。ちょっとあの監督は厳しすぎるんじゃないのか?」


「ありがとう。でも全然ダメ。監督の言っていたことは正しいよ。自分でも全然ダメなのがわかるの」


「…そうか」


素人の俺には演技の良し悪しなんてわからない。


実際、今日の星宮の演技に特に違和感は感じなかったし、普通に上手い演技だと思った。


だがプロの目から見れば、何か足りない点があったということなのだろう。


何も力になってやれないことに、俺はちょっとした歯痒さを感じた。


「俺には演技とかわからないが…何か力になれそうなことがあれば言ってくれ。出来ることはないと思うけど…使い走りとかなんでもいいから」


「…ありがとう。優しいね、加賀美くん」


「…いや、そんなことは」


「ううん、優しいよ本当に。私から加賀美くんを巻き込んでこんなに迷惑かけたのに…こんな感じで励ましてくれるし」


「…」


「はー、情けないなぁ私。加賀美くんの前でかっこいいところ見せようって張り切ってたのに。結果は全然ダメダメでした〜。みんなの前で怒られちゃって恥ずかしいし。これじゃあお笑いだよね。あはは」


吹っ切れたようにそんなことを言う星宮。


少しは普段の元気を取り戻しつつあるようだった。


「いや、みんなの前で堂々と演技する星宮はかっこよかったぞ」


「ありがとう。加賀美くんに褒められるのが一番嬉しいかも」


星宮がニコッと笑ってそんなことを言った。


その無邪気な笑顔に、不覚にもドキリとさせられてしまう。


「そ、その…俺には演技がよくわからなかったんだが…具体的に今日の演技は何がダメだったんだ?」


星宮の目を見てられなくなって明後日の方向へ視線を逸らした俺は、誤魔化すようにそういった。


「うーん、なんて言うんだろ。説明するのは難しいんだけど、要するにまだ私が藍沢ひよりになりきれてないんだろうね〜」


「…ヒロインに共感できないってことか?」


「近いかも」


「…よくわからんが、想像上の人物に共感するのってやっぱり難しいものなのか?」


「難しいんじゃないかな。歳が離れていたり、考え方が違ったりすると。でも、今回の場合、私は藍沢ひよりと歳も違わないし、性格も似ている気がするし、言い訳できないよね」


「藍沢ひよりは星宮に似てるのか?」


「似てる似てる。好きな人が近くにいるのにいまいち積極的になれないところとかすごく似てるよ〜」


「へ、へぇ…」


「ねぇ、さっきからどこ見てるの加賀美くん」


「…っ」


「最近使命の方はどう?上手く行ってる?」


「…し、使命…?」


「私を巻き込むわけにはいかない危険な使命なんだよね?」


ものすごい圧を感じる。


怖くて星宮の方を見ることができない。


「じゅ、順調だ…」


絞り出すようにしてそういった。


「そっか。よかった。順調なんだね」


「あ、ああ」


「使命が完了したら教えてね。色々言いたいことがあるから」


「…っ」


言いたいことってなんだ。


そう尋ねる勇気は俺にはなかった。


「そっかそっか。使命は順調なんだ」


星宮が身を引いた気配がした。


口調もいつもの柔らかいものに戻っている。


俺は恐る恐る星宮の方を見た。


そこにはいつもの笑顔の星宮がいた。


「心配してたんだよ加賀美くん。危険な使命だって言うから、加賀美くんが大怪我とかしちゃうんじゃないかって」


「…っ」


「問題なさそうで安心したかな」


「…」


これはマジでどっちなんだ。


俺は揶揄われているのか?


それとも本気で心配されているのか?


星宮の笑顔から俺は真意を読み取ろうとしたが、結局徒労に終わってしまうのだった。





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