第27話
程なくして撮影協力する生徒たちが選ばれ、一同は校舎の中へと移動した。
スタッフが撮影の準備を進める中、監督がこれから撮るシーンを演者たちに向けて説明する。
「重要なのはこの時点での二人の関係性だ。
ヒロインの藍沢ひよりと主人公の宮代まことはこの時点でまだ互いの気持ちに気づいていない曖昧な関係性だ。けれど少なからず互いを意識してはいる。そういう感じで星宮と三浦には演じてほしい」
「わかってますよ、監督」
三浦が余裕のある表情で言った。
「原作はすでに何度も読み込んでます。僕は完璧にやってみせますよ」
「おう、期待してるぞ」
三浦が自分の髪を靡かせる。
きゃああと女子たちの小さい悲鳴が上がる。
「星宮。お前は大丈夫か?」
監督が星宮に声をかける。
星宮は監督に笑顔を向けた。
「はい。大丈夫です」
「そうか。よし、それじゃあ早速始めようか。みんな、さっき説明した配置についてくれ」
監督の指示で演者や撮影協力の生徒たちが移動し始める。
これから撮るシーンはいわゆるどこの高校にも存在する放課後の風景だ。
夕日でくれなずむ廊下。
生徒たちの話し声が聞こえる中、星宮演じる藍沢ひよりと三浦演じる宮代まことが並んで廊下を歩く。
撮影協力の生徒たちは、廊下や教室の中に配置され、友人と会話をしたりして、放課後の雰囲気を演出する。
俺の役割は、向こう側から歩いてきて、並んで歩く星宮と三浦とすれ違うというもの。
「それじゃあ行くぞ…さん、にー、いち…」
それぞれが配置につき、監督がカウントダウンを開始する。
カメラが回り始め、星宮と三浦が会話をしながら廊下を歩き始めた。
俺は近くのスタッフの合図とともに歩き始め、星宮、三浦ペアとすれ違う。
「カット」
三浦と星宮が廊下を歩き切った時、監督がカメラを止めてこちらに駆け寄ってきた。
「だめだ。全然ダメだ」
ビクッとした。
指示された通り、なるべく自然に歩いたと思ったのだが何がいけなかったのだろうか。
「星宮。一体どうしたんだ。そんなんじゃ全然ダメだぞ」
と思ったら監督は俺を通り過ぎて星宮と三浦の方へ歩いて行った。
「もっと主人公のことを意識している感じを出さなきゃダメだろう。まるで赤の他人同士みたいな演技だったぞ」
どうやら監督が不満を持ったのは俺ではなく星宮の演技らしかった。
スタッフたちが驚いたような表情で見守る中、監督が星宮に面と向かってダメ出しをする。
「笑顔が固い。全然楽しいという感じが伝わってこない」
「…すみません。頑張ったつもりなんですけど」
「三浦はOKだ。だが、星宮は何かが足りない。もっと宮代まことのことを意識している藍沢ひよりを演じてくれ」
「出来てなかったですか?」
「興味ない男に言い寄られている時の愛想笑いに見えたぞ。まるで恋の予感がしなかった」
「…ごめんなさい」
星宮が肩を落とす。
「もう一回だ」
監督の指示でもう一度撮り直しが行われることになった。
俺たちはそれぞれの配置に戻って、もう一度同じことを繰り返す。
だが今度も監督は納得がいかなかったのか、首を捻った。
「うーん…さっきよりは良くなった気がする。だが、まだだめだ…今の演技のままだと、宮代まことと藍沢ひよりの間に壁があるような気がする。もっと心を許している感じで演技してくれ星宮」
「…はい」
再度撮り直しが行われた。
だがまたしても監督は満足できなかったようだ。
「星宮。お前、原作を読んだのか?」
「…はい。目を通しました」
「それなら今の演技じゃダメなことがわかるだろ?お前は数日前に不良から助けてもらった主人公の隣を歩いているんだ。言うなれば恩人というわけだ。前日の夜には主人公が夢に出てくるという描写もある。そういう背景が滲み出てくる感じで演技してもらわなきゃ困る」
「…や、やってはいるんですけど」
「もちろん表面上はな。だが心がこもってない気がするんだよ。そういうのは必ず視聴者に伝わる。今のままじゃだめだ」
「…すみません」
星宮がここまでダメ出しをされるのはよほど珍しいのか、スタッフたちは肩を落とす星宮を見てざわめいていた。
俺には演技の良し悪しなんて全くわからないが、もしかしたら星宮は今日は調子が悪いのかもしれない。
もしかして先ほど三浦と話していたことが原因だったりするのだろうか。
そんなことを思ったりもしたが、事情がわかからない以上どうすることもできなかった。
「もう一回だ」
「はい…」
その後も何度か撮り直しが行われたが、結局監督からゴーサインは出ずに翌日に持ち越しということになった。
監督やスタッフたちが機材を引き上げていく中、生徒たちが星宮に慰めの言葉をかける。
「落ち込まないで星宮さん」
「星宮さんは頑張ってたよ」
「プロの世界は厳しいんだね。辛いことあったら私たちに相談してね」
「頑張れ星宮さん。応援してるよ」
励ましの言葉をかける生徒たちに星宮は笑顔を浮かべ、お礼を言っていた。
「華恋。一体どういうつもりなんだい?」
そんな中、少し厳しい顔つきをした三浦が星宮に詰め寄った。
「流石に酷すぎるだろうあの演技は。もう少し真面目にやってもらわなきゃ困るよ」
「…ごめん、三浦くん」
「何度も同じシーンをやらされるこっちの身にもなってほしいかな。華恋。君は本当に原作に目を通したのかい?」
「…そのつもりだったんだけど」
「読み込みが足りないんじゃないか?君の今日の演技からはプロ意識がまるで感じられなかったよ」
「…悪かったと思ってる。絶対に明日までに修正するから」
星宮をきつい口調で攻める三浦に、星宮の女
子生徒たちはハラハラした表情で見守っている。
星宮を庇いたい気持ちがあるものの、芸能人たちの会話においそれと口を挟めないという遠慮があるのだろう。
「華恋。やっぱり例の件、やるべきだよ」
「…っ」
三浦がそういうと、星宮の表情が目に見えて沈んだ。
「その方が僕にとっても君にとってもいい結果になる。実はね、僕の方の事務所からはもうすでにOKが出ているんだよ」
「…」
「もし君さえOKしてくれれば、すべてばうまくいく。君の事務所だって歓迎してくれるはずだ、ドラマ放送と同時に発表すれば、必ず話題になる。世間も受け入れてくれる。そう思わないか?」
「…思えないかな」
「思えるようになるさ。とにかく…今のままじゃ撮影は進まない。もし明日までにその酷い演技を直せないなら……僕は本格的に君の事務所に例の件を持ちかけるからね」
「…勝手なことしないで」
「自分勝手なのはどっちなのかな?」
三浦はふんと鼻から息を吐いて、星宮を置いて歩き出した。
星宮の周りの女子生徒たちも、去っていく三浦と肩を落として立ち尽くす星宮を見比べた後、落ち込んでいる星宮を一人にしてやろうという配慮か、徐々にその場から去っていく。
後には俺と星宮の二人が廊下に残された。
「星宮。大丈夫か?」
俺は恐る恐る声をかける。
「…ごめんね。加賀美くん。私のせいで何度も取り直しさせちゃって」
顔を上げた星宮は相変わらず笑顔だったが、どこか無理をしているように感じた。
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