第26話


世の中には2種類の人間がいる。


それすなわち、選ばれた人間と選ばれなかった人間だ。


…などという区分の仕方はあまりに乱暴な気がするが、もし本当に全人類をそう言うふうに大別できるのだとしたら目の前のこの男は間違いなく選ばれた側に立っているだろう。


スラリと高い身長。


パッチリとした二重瞼。


キリッとした目に、スッと通った鼻筋。


男にしては長い髪は茶髪で、僅かにウェーブしていた。


要するに、嫉妬する気も起こらないようなイケメンだった。


「…っ」


星宮を当たり前のように下の名前で呼び、近づいてきたそのイケメンと、俺は目が合った。


イケメンは俺に向かってニコリと笑いかける。


俺は咄嗟に目を逸らしてしまった。


なんというか、生物としての格の違いを思い知らされた感じだ。


容姿も仕草も雰囲気もまさにイケメンのそれであり、同じ男として羨むと言う感情も起こらなかった。


戦いは同レベルでしか起こらないという言葉

は的を得ていると思う。


異性なのであまり意識してこなかったが、例えばクラスの女子たちなんかは、星宮に対してちょうど今の俺のような気持ちになったりしているのだろうかとそんなことをぼんやりと考えた。


「三浦くん、何かようかな?」


振り返った星宮がイケメンに対して笑顔を浮かべる。


三浦、というのがこのイケメンの名前らしい。


本名なのか芸名なのか、俺には判断がつかない。


しかし三浦が有名人であり、人気のある俳優であることはなんとなく察せられた。


そうでなければ、星宮がヒロインを演じる恋愛ドラマの主人公役に抜擢されたりはしないだろう。


「華恋が男と話してるの、すごく珍しいと思ってね。思わず声をかけてしまったよ」


三浦はキザな感じでそんなことを言った。


ほとんどの人間の場合には相手に不快感を残すような喋り方や仕草だったが、三浦ほどのイケメンがやると不思議と様になる。


「それと僕を呼ぶときは麗矢って下の名前で呼んでくれて構わないよ。僕も華恋って呼んでいるわけだしね」


「うーん…私は三浦くんのままでいいかな。三浦くんも私のことは星宮って呼べば平等じゃない?そっちの方がいい気がするかも。みんなには普段そう呼ばれてるし、私も慣れてるから」


「そういうわけにはいかないよ」


三浦がふっと笑った。


「他の人間と僕は違う。僕らは互いにドラマでヒロインと主人公を演じる仲じゃないか。これまで色んな番組で共演もしてきた。なのに苗字呼びは逆に不自然じゃないかな?」


「…うーん。どうだろ」


「打ち解けた方が、演技に身も入ると思うよ僕は」


「あはは…すぐには無理かも。恥ずかしいし。考えとくね」


「ああ。ゆっくりでいいよ。時間はたっぷりあるわけだしね。それで…」


三浦の視線が俺に映された。


「こちらがもしかして華恋が前に言ってた男の子なのかい?」


「あれ?三浦くんに加賀美くんのこと話したっけ?」


「君から撮影に誘うつもりだって言っていたじゃないか。妙にテンションが高くて印象的だったからよく覚えてるよ」


「ちょ、あ、あんまりそういうの言わないでよ」


星宮が少し慌てるようなそぶりを見せる。


三浦の口元からすっと笑顔が引っ込み、黒い瞳が俺をじっと観察するように見てきた。


「初めまして、加賀美くん。三浦麗矢です」


名前を告げるだけの簡単な自己紹介と共に差し出された右手を俺は握り返す。


自分のことは当然知られていて然るべきだとそう言わんばかりの態度だった。


「は、初めまして…加賀美誠司です。星宮とはクラスメイトです。なんか星宮に誘われて脇役として出ることになったみたいで…よ、よろしくお願いします」


「よろしく。セリフのない脇役とはいえ、僕は君のことも一緒にドラマを面白くする仲間だと思っているよ。一緒に頑張っていこう」


「は、はい…」


効果音の出そうな笑顔を三浦は浮かべた。


そこまで歳も離れていないだろうに、俺は畏まって頷いてしまった。


「そっかそっか。君が加賀美くんなんだね。会えてよかった。想像通りじゃなかったけど、むしろ安心したかな」


「あ、安心?」


「少し心配だったんだよ、華恋のことが。でも君なら大丈夫そうだ。華恋がらしくもない話し方で君のことを語るものだから、色々気を揉んでいたんだよ」


「は、はぁ」


「ほら、学校って空間はすごい特殊だから、簡単に間違いが起こりやすい。色んな人間がなんの理由もなくクラスという同じ空間に放り込まれるなんてよく考えたら異常だよね。

一時の気の迷いとか、そういうことも起こりやすい」


「な、なるほど…」


三浦が一体なんの話をしているのか、俺にはさっぱりわからなかった。


だが三浦がもっともらしく語っているので、雰囲気を悪くするのもアレだと思い、俺は適当に相槌を打つ。


「でも君ならそういう間違いも起こらなさそうだ。あ、勘違いしないでくれ。君のことを馬鹿にしているわけじゃないよ?ただ、華恋はとても特別な存在なんだ。そして特別には特別が相応しい」


「お、おう」


よくわからんが星宮のことを三浦が相当高く買っているらしいことはわかった。


俺も星宮に特別な才能があるという意見には基本的に同意するので、頷きを返す。


三浦はそんな俺を見て満足そうな表情を浮かべた後、星宮に視線を移した。


「それで、華恋。例の件は、考え直してくれたかな?」


「…」


その瞬間、わかりやすく星宮の表情が曇った。


普段笑顔を絶やさない星宮が、ここまでわかりやすく表情を変えるのは珍しいと思った。


「そろそろ結論を出してくれないと、ダメだよ」


「…うーん、ごめんなさいだけど、私の意見は多分変わらないと思う」


「そういうわけにはいかないよ。華恋。君はとても不誠実だ。監督がどうしてヒロインと主人公役に現役高校生である僕たちを選んだかわかるかい?」


「…」


「それはね、物語によりリアリティーを出すためだよ。華恋が通っているこの学校が舞台に選ばれたのもそれが理由だ。だというのに、君の感情一つで全てを台無しにするのかい?」


「台無しにするつもりなんてないよ。私だってドラマを見てくれる人のために全力で演じるつもりだよ。でも…あのことは監督に了承は得てるから」


「そりゃあ、君から言われれば監督は断ることはできないだろうね。事務所との力関係もある。けれど、本当は監督も、他の演者も…そして何よりこのドラマをこれから見ることになる視聴者も、望んでいることだよ。それがわからない君じゃないだろ?」


「…ごめん。すぐに結論は出せないかな」


「わかったよ。僕も今君とここで言い争いをするつもりはない。でもこの件に関してはあまり待っていられないよ。撮影日も近づいている。なるべく早く結論を出してくれることを期待しているよ」


「…」


俺には二人がなんの話をしているのか、さっぱりわからなかった。


だが星宮の表情の沈み方を見るに、あまり星宮にとって嬉しい話題でないのはわかった。


「僕はひと足先に校舎の中を見ておこうかな」


三浦はそう言って校舎へと向かって歩き出した。


遠巻きに見ていた野次馬たちに三浦が近づくと、きゃああと黄色い歓声が上がる。


俺は星宮を見た。


「…」


星宮は暗い表情で地面を見つめたままだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る