第25話
屋上を出てグラウンドへ降りると、ちょうど撮影が一区切りしたのか、役者たちは休憩に入っていた。
グラウンドには人だかりが出来、たくさんの見物人の姿があった。
生徒たちは役者の周り…特に星宮の周りに群がってあれこれ話しかけている。
「星宮さんお疲れ!」
「演技すごかった!」
「星宮さんの演技本当にすごいよ!」
「星宮さんの生演技見られるなんて感激だよ!」
「まさかうちの高校がドラマの舞台になるなんて!」
「私この作品の原作のファンだけど、星宮さん本当にヒロイン役にピッタリだよ!」
「星宮さんまじ可愛い」
「星宮先輩こっち向いてください!!」
先輩、同級生、後輩問わず、様々な生徒が星宮の周りに押しかけてあれこれ話しかけている。
星宮は撮影の疲れもあるだろうが、嫌な顔ひとつせずにそれらの生徒たちに笑顔を向けている。
「みんなありがとう!みんなに見られながらだとちょっと照れくさいけど、私精一杯頑張るよ!」
「頑張って星宮さん!」
「星宮さんはこの学校の誇りだよ!!」
「このドラマ成功してほしい!頑張って星宮さん応援してる!!」
「みんな本当に応援ありがとう。一つだけ注意事項!絶対に写真とか動画撮ってSNSにはあげないでね!それだけ本当によろしく!!」
「「「はぁーい」」」
ちなみに撮影現場を勝手に写真に撮ったり動画に収めたりしてネットなどで拡散することはあらかじめ禁止されていた。
もし勝手に撮影現場の動画が拡散されてしまえば、事務所と訴訟問題になるということをあらかじめ監督の方から生徒たちに対して説明があったため、馬鹿なことをする奴は今の
ところ現れていない。
「よーし、それじゃあ再開するぞ〜」
やがて休憩時間が終わり、撮影が再開する。
星宮の周りに群がっていた生徒たちが名残惜しげに離れていき、遠巻きに撮影を見物する集団に加わる。
「加賀美くん〜?いるー?加賀美くーん」
俺がどうしていいかわからず、引き返していく生徒たちの間で右往左往していると、星宮が辺りを見回しながら俺の名前をよんだ。
生徒たちが星宮の方を振り返る。
「あ、加賀美くんいた!こっちこっち」
星宮が俺の姿を見つけて手招きをする。
周囲の注目が一気に俺に集まる。
星宮が俺の元へとやってきた。
「加賀美くん、よかった。時間通り来てくれたんだ。忘れてるのかと思ったよ」
「すまん。声をかけるタイミングがなくてな」
「これから加賀美くんが出るところの撮影があると思うから、しっかりよろしくね」
「お、おい…星宮。今更なんだが、まじで俺でいいのか?」
「え、何が?」
「俺って別に演技の経験とか、そういうのないぞ。本当に俺でいいのか?」
「大丈夫だよ、そんなに緊張しないで。出るって言ってもほんの一瞬だし、セリフもあるわけじゃないから。自然体で監督に言われたことをすればいいんだよ」
「りょ、了解。頑張ってみる」
緊張でカチコチに固まる俺に、星宮が笑顔を向ける。
一体何事かと生徒たちが俺と星宮を交互に見ている中で、監督がこちらに近づいてきた。
「星宮。その子がお前が言っていた子か?」
「はいそうです、監督。きっと彼ならやってくれると思います」
「…ほう、なるほど。確かに身長、体格、顔つき、どれもいわゆる男子高校生って感じだ」
監督は俺を上から下まで観察して満足げに頷いた。
「よろしく、君。名前はなんというのかな?」
「か、加賀美誠司と言います」
「加賀美くんか。まぁそんなに緊張してもらわなくて大丈夫だ。君はただ星宮と三浦が廊下を歩くシーンで、向こう側から歩いてくるだけでいいから。セリフも特にない。自然体にしていればいい」
「はい」
監督の差し出した右手を握りながら俺は頷いた。
「よし…それじゃあ、残りの協力者も今ここで選んでしまおう…この中で誰か他にドラマに出てみたいって生徒はいないだろうか」
監督が生徒たちに向かってそう言った途端に、たくさんの声が殺到した。
「え、ドラマに出れるんですか!?」
「はいはいはいはい!」
「出たいです!!」
「俺出てみたいです!」
「私も出てみたい!!」
「お、俺やってみたいです!!」
「私も私も!!」
あっという間にたくさんの志願者が集まり、監督のもとに殺到する。
監督は彼らを見渡しながら、こう言った。
「出ると言っても、ほんの端役で、顔も判別つかないぐらいだぞ。それでもいい人は一列に並んでほしい。今日撮影するシーンでは大体30人ぐらいに協力してもらうことになると思う。校舎内で高校の日常風景を撮りたい。演者の周りで、君たちはただ友人と肩を組んで歩いたり、座って話したりするだけでいい。やってくれるか?」
「やります!」
「俺がやります!!」
「俺を出してください!」
「私もやりたいです!!」
「端役でいいです!!」
「出てみたいです!!」
セリフもない脇役だと知っても生徒たちは、一度ドラマに映ってみたいという願望があるのか次々に志願してくる。
監督の男はそんな生徒たちを一列に並ばせ、今回のシーンに適役と思われるものを選別していく。
「ねぇ、加賀美くん。私の演技、みててどうだった?」
生徒たちが選抜されていくのを眺めていると、星宮が話しかけてきた。
今の彼女は、撮影衣装である北高のとは別の制服に身を包んであり、プロによるメイクアップもされている状態だった。
ただでさえ整った容姿により磨きがかかり、そんな彼女に間近で見つめられた俺は、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。
「私の演技、変じゃなかった?わざとらしくなかったかな?」
「素人の意見でいいならだが…めちゃくちゃ上手だったと思うぞ」
「ほんと?」
「ああ。なんか、気迫みたいなものを感じたというか、上手く言えないけど、とにかく自然な演技だったと思う」
「よかったー。こんなに大勢に見られながら演技するの、ちょっと緊張してたから、違和感ある演技しちゃってないか心配したんだよ〜」
「大変なんだな」
ほっと胸を撫で下ろす星宮を見て、当たり前だが俺は、芸能人は色々気苦労の多い職業なのだなとそんなことを思った。
「そういえば、有栖川さんはどこにいるの?」
「え?」
「加賀美くん、屋上から有栖川さんと一緒に見ててくれてたじゃん。有栖川さんはまだ屋上に?」
「いや、あいつはもう帰ったよ」
「そっか。有栖川さんにも最後まで見て欲しかったというか…出来れば撮影にも協力して欲しかったのに残念だな」
「何か用事でもあったんだろ」
有栖川は俺が屋上を出る少し前に、何も言わずに一人で帰って行った。
今日の有栖川は、何やら少し虫のいどころが悪いみたいだった。
仮にこの場にいたとしたら間違いなく雰囲気を悪くしていたと思うので、俺は先にあいつが帰ってくれて少しほっとしていると言うのが本音だった。
「それにしても…本当にありがとね、加賀美くん。撮影に協力してくれて」
「…頼まれた時は驚いたよまじで」
「あはは。私も無茶言ってる自覚はあったんだけどね。でも加賀美くんぐらいしか頼める人いなかったんだよね」
「監督に選んでもらうんじゃダメなのか?」
俺は離れたところで生徒たちを選別している監督に視線を移しながらそう聞いた。
星宮は小さく首を振る。
「加賀美くんじゃなきゃダメ」
「なんでだ?」
「だって、私が適役だと思ったから。一応、私だってこだわりがあるし。加賀美くんは本当に今日撮るシーンにぴったりだと思う」
「…そうだといいんだが」
俺の役目は、ヒロインの星宮と主人公が廊下を並んで歩くシーンで、向こう側からただ歩いてきて星宮とすれ違うだけだと言うことをあらかじめ聞かされている。
こう言うと非常に簡単な役に聞こえるが、いざ撮影が始まると緊張して自然な歩き方も忘れてしまいそうだ。
ただセリフもなく向こうから歩いてくるだけの役なのに失格になったら、俺を抜擢した星宮に恥をかかせてしまうことになる。
しっかりやれるだろうかと気を揉んでいると、背後から人の近づいてくる気配があった。
「華恋。もしかしてそれが君の言っていたクラスメイトなのかい?」
振り返ると、そこには清々しいほどのイケメンがいて、こちらに笑顔を向けていた。
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