第19話


その日の夜。


風呂上がりにスマホを確認すると、星宮からメッセージが届いていた。



“今日は邪魔しちゃったごめんね、加賀美くん”


“こちらこそ嘘ついてごめん。六道の方の勉強会に出れない理由をちゃんと説明するべきだった”


“ううん、そんなことないよ。悪いのは私だよ。有栖川さん私のせいですごく機嫌悪そうだったけど、あの後大丈夫だった?”


“大丈夫だったぞ。有栖川は機嫌が悪いというか、常にあんな感じなんだよ。星宮に対しても怒ってたわけではないと思う?”


“そう?なんかすごく拒絶されてる感じがしたから私嫌われるようなこと何かしちゃったかなって心配したんだけど”


“星宮は何も悪くないぞ。有栖川はああいうやつなんだ。でも悪いやつじゃなくていいところもたくさんある。それをわかってほしい”


“じー(星宮がじーっと見てくるスタンプ)”


“(首を傾げるスタンプ)”


“加賀美くんと有栖川さんってさ、もしかして幼馴染とかだったりするの?”


“いや、しないが?”


“本当?なんか加賀美くんって、有栖川さんのことをものすごく理解している感じがしたから”


”幼馴染でもなんでもないぞ。関わり出したのもここ数日だしな“


”何があったのか聞いてもいい?“


”大したことじゃないぞ。屋上であいつにばったり出くわして、昼飯のパンをカツアゲされて、勉強を教えることになった“


”???(星宮が首を傾げるスタンプ)“


”詳しく説明すると長くなるんだが、とにかく俺はあいつに勉強を教えることになったんだよ。このままだとあいつ、出席日数の前に、テストの点数で留年だからな“


”ちょっと待って。あって数日の有栖川さんに対してなんで加賀美くんがそこまでしてあげなきゃいけないの?“


”俺もよく分からん。ただ、有栖川は悪いやつじゃないし、放って置けないと思って“


ここで急に星宮からの返信が途切れた。


ここまでは30秒以内に返信が返ってきていたのだが、今度は既読になり、5分待っても10分まっても返信は来なかった。


寝落ちでもしたのか、もしかしたら夕食や風呂にでも入っているのかもしれない。


俺は一度スマホを置いて、勉強に取り掛かることにした。


社会の教科書を開き、蛍光ペンなどで重要箇所に下線などを引いていると、今度は有栖川からメッセージがきた。



”こことここと、それからここがわかんない“


”了解。今解き方を送る“


有栖川から送られてきたのは、物理の練習問題の解き方がわからないといった旨のメッセージだった。


俺はノートにその問題のわかりやすい解き方と解説を急いで書き、写真を撮って有栖川に送信する。



”今解き方送った。他にわからないところがあったら聞いてくれ“


”ありがとう。ねえ、今あんた何してんの?”


“普通に勉強してるぞ”


“通話。昨日みたいに”


“え、今日もか?”


“集中できない。さっきからずっとスマホ触ってる”


“いや、自覚があるなら治そうとしろよ。一人で集中するためのいい訓練だ“


”無理。あんたが見張ってて。一人でやろうとしても全然集中できない”


“重症だな”


“うん”


“お前、今日やけに素直だな”


“通話、かけるからとって“


有栖川からビデオ通話がかかってきた。


「はぁ。仕方ない」


本当は一人で集中して勉強したかったのだが、やむを得ない。


俺は有栖川のビデオ通話申請を許可する。



『加賀美?映ってる?』


『ああ、見えてるぞ』


ピンクの可愛らしいキャミソールをきた有栖川が画面に映った。


下は短パンで、生足が丸見えになっている。


家の中だからラフな格好をしているのはわかるのだが、肌面積が多すぎて目に毒だ。


俺は思わず自分の方のビデオ画面をオフにした。


『あ、なんで切るわけ?』


『だ、だから…俺の方を映す必要はないだろ?俺の役目はお前を見張ることなんだから』


『だから、あんたの顔がないと見張られてる気がしないんだって。それに、あんた放っておくと寝落ちするじゃん』


『いや、昨日のは…』


『あんたが寝そうになったら私が注意してあげるから。それでお互い様でしょ』


『いや、普通に寝かして欲しいんだが…』


『机の上で寝ていい睡眠とれんの?』


『…そりゃとれないだろ』


『じゃあダメじゃん。テスト前に体調崩したらあんたどうするわけ?』


『一丁前のこと言うようになってきたな』


『あんたに体調崩されたら私も困るわけ。留年したくないし。いいからさっさとそっちの画面もつけろ』


『わ、わかったって…』


俺は渋々こちらのビデオをオンにする。


『よ、よお…』


『うん…』


画面越しに有栖川と目が合う。


有栖川は自らの方を抱きながら、チラチラとこちらを見ている。



『お風呂入ったの?』


『俺?』


『そう。髪濡れてるから』


『ああ。入ったぞ』


『ふぅん』


『…?』


『別に。ちょっと雰囲気違うなって思ったから、ただ言ってみただけ』


『…お前どうしたんだ?体調悪いのか?』


なんかいつもと様子が違う有栖川に、俺は首を傾げる。


『体調悪いって何。なんのこと?』


『いや…なんかいつもと調子が違う気がしたから』


『どう違うの?』


『いや…なんでもない』


いつもはもっと刺々しいと言おうとして俺は慌てて口をつぐむ。


わざわざ余計なことを言って有栖川を怒らせる必要はないだろう。



『なんなの。言いたいことがあるならはっきり言えば?』


『本当になんでもない。さっさと勉強始めよう。あんまり遅くまでやって寝不足になって体調崩したら元も子もないだろ』


『わかってるけど…』


そんな感じで俺たちはビデオ通話で互いに監視し合いながら勉強を始めた。


俺は手元で自分の勉強をしながら、たまにスマホの画面を見て有栖川がしっかり勉強をしているか、確認する。


今日の有栖川は、それなりに集中しているようで、昨日のように10分ごとにスマホに手がのびると言うことはなかった。


画面を確認しても、そこにいるのは大抵集中した顔の有栖川だ。


ただ、向こうも俺が寝ないようにたまーに見

張っているようで、つい画面越しに目が合ってしまうことがある。


そう言う時は、数秒間互いに目を合わせた後、気まずくなって目を逸らすのだが、そう言うのが何度か続くごとに次第におかしくなってきて、ついに込み上げてきた笑いを抑えられなくなってしまった。


『…っ…お、お前こっちみんなよ』


『…ぷっ…あ、あんたこそ見過ぎ!』


『俺はお前がちゃんと集中しているのか確認するためにだな…!』


『そんなこと言って他のところ見てんじゃないわけ?』


有栖川が自分の体を抱くようにして身をひいてみせる。


『見てねーよ、自意識過剰女』


『はぁ!?なんですって』


『おい夜中だぞ大声出すな』


『あんたマジで調子乗りす』


ピコン。


有栖川が憤慨している最中、通知オンがなった。


見れば、星宮からの新規メッセージだった。


『誰』


通知オンが聞こえたのか、有栖川が聞いてくる。


『ちょ、ちょっとメッセージが届いた』


『だから誰』


『いや、その…』


俺は咄嗟に嘘をつこうとしたが、よく考えたら別に正直に答えてしまっても問題ないことに気がつき、言った。


『星宮からみたいだ』


『…』


有栖川の顔から表情が消えた。









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