第18話


放課後。


予定通り、有栖川との勉強会が始まった。


生徒たちが帰っていく中、俺と有栖川は机をくっつけて勉強の準備をする。


「最初は何やんの?」


「今日は物理と化学を中心にやろうと思っている。でも、その前に数学のおさらいだな。

昨日の夜は結局どこまで復習したんだ?」


「んー?一応大体やった気がするけど」


「本当か?」


俺は試しに有栖川のノートを見せてもらう。


確かに、昨日教えた範囲の練習問題をもう一度解き直した後がそこにあった。


意外とちゃんとしていたことに驚きつつ、俺は念の為に数問だけ問題を解いてもらうことにした。


「ちゃんと覚えてるか、確認してもいいか?今から俺が指定する練習問題を解いてもらう」


「一度解いたやつもう一回解いて意味あんの?」


「大丈夫。数字変えるから」


「ふーん、別にいいけど」


有栖川は余裕そうな表情である。


俺は教科書の練習問題の数字を辻褄が合うように変えて、有栖川に説くように促した。


有栖川がスラスラとノートに数式を並べていく。


「できた」


「…正解だ」


有栖川は驚くべき速さで正解を導き出した。


昨日俺が教えたことを完璧に自分のものにしてこなしている。


どうやら有栖川は飲み込みが早いだけではなく、記憶力もいい方らしい。


「よし。ちゃんと教えたことは覚えているみたいだな。この調子だと、多分大きなミスをしない限り数学で赤点はないだろう。今日は一旦数学は置いておくとして物理と化学をやろうか」


「うぇー、面倒臭い。物理ってあれでしょ?りんごが落ちるやつ」


「まぁ間違ってないが随分アバウトな理解だな。ちなみに今回の範囲は振り子の運動だか

ら、重力が関係するぞ」


「振り子の運動とか知ってなんになるの?」


「さあな。とにかくやるんだよ」


「勉強ってそんなんばっかだよね」


「ろくにやってもいないくせに知った気になるな。いいからやるぞ」


「はーい」


有栖川が渋々と言ったように物理と化学の教

科書を取り出して机に並べる。


俺は教科書をパラパラとめくり、まず何から教えたものかと悩む。


その時だった。


「え、加賀美くん?こんなところで何してるの?」


「…!?」


唐突に背後から名前を呼ばれた。


驚いて振り返ると、真顔の星宮がそこに立っていた。


俺と、隣にいる有栖川を見比べて首を傾げている。


「加賀美くんと有栖川さんが一緒にいるなんて珍しいね」


「ほ、星宮…?どうしてここに?」


「私はちょっとだけ六道くんのところの勉強会に顔出してたよ。六道くんがどうしても社会を教えて欲しいっていうから、豆知識のノートを貸して抜け出してきた」


「そ、そうか…参加できなくて悪い…」


「ううん。それはいいんだよ。私もノートだけ貸してすぐ帰るつもりだったから。でもたまたま廊下から加賀美くんが教室にいるのが見えたから、何してるんだろうって思って様子見に来ちゃった」


「な、なるほど…」


「ねぇ、加賀美くん。こんなところで何してるのかな?」


星宮が笑顔でそんなことを尋ねてきた。


なんだろう。


笑っているはず星宮の顔からの、謎の怒気を感じる。


妙な緊張感が漂っていた。


俺はごくりと喉を鳴らす。


「俺はただ、有栖川と勉強をだな…」


「そっか。二人で勉強してたんだ。ちょっと意外かも。加賀美くんって有栖川さんと仲良かったんだ」


「いや、仲がいいっていうか…ちょっと理由があってな」


「もしかして今日の六道くんのところの勉強会に参加できなかった理由ってこれのこと?」


「…じ、実はそうなんだ」


俺は頷いた。


なんだろう。


そんなはずないのに、なんだか問い詰められているような気分にさせられる。


さながら警察に尋問されている容疑者みたいな感じだ。


俺は助けを求めるように、隣の有栖川に視線を移す。


有栖川は不機嫌そうな表情で頬杖をつき、星宮の方を見ようともしない。


「加賀美くんさ、使命はどうしたの?」


「し、使命…?」


「加賀美くんには重大な使命があるんだよね?それはどうしたのかなって思って」


「そ、それは…」


「加賀美くんの帯びている使命って、こんなに簡単に休んだり後回しにでいたりするものなんだ?」


「…ほ、星宮。俺は…」


「ねぇ、話まだ終わんないの?」


弁明しようとした俺の声を、有栖川が遮った。


相変わらず星宮の方を見ようともしないが、その声には明らかな苛立ちが滲んでいた。


「時間もないし、早く勉強したいんだけど。いつまで待たせるの?」


「す、すまん有栖川…」


「ごめんね有栖川さん。勉強の邪魔しちゃって」


俺が有栖川を宥めようとすると、星宮が有栖川に対して謝った。


星宮のことを見ようともしない有栖川に、いつもクラスメイトたちに向けているような笑顔を向ける。


「有栖川さんが誰かと一緒にいるところを見るの、珍しかったからつい話しかけちゃった」


「…」


「えっと…私のこと、わかるかな?」


「…」


「クラスメイト同士で自己紹介っていうのも変だけど、星宮華恋です。はい…えっと、私たち、まだ一度も喋ったことなかったよね?」


「…」


「私、有栖川さんとずっと喋ってみたいと思っててね?」


「…」


「あ、有栖川さん…?聞こえてる?」


「…」


「あはは…私、もしかして嫌われちゃってるのかな?」


「…」


無視をし続ける有栖川に星宮が苦笑いを漏らす。


俺はどんどん険悪になっていく空気にどうしていいか分からずあたふたとする。


「ど、どうしたらいいかな、加賀美くん?」


星宮が困ったように俺をみてきた。


「す、すまん星宮…こいつ悪いやつじゃないんだ。ただ、今勉強のことで頭がいっぱいで…」


「…そ、そっかそっか。そうなんだ。それじゃあ、本当に邪魔しちゃ悪いね。私はもういくね。ごめんね加賀美くん。話しかけたりして」


「い、いや…俺の方こそ、嘘ついてごめん」


「いいよいいよ。わざわざ説明するの面倒くさいもんね。それじゃあ、私は帰ります。また明日ね」


星宮が笑顔で手を振って教室を出て行った。


バタンと教室の扉が閉まり、星宮の足音が遠ざかっていく。


「はぁ」


星宮の姿が見えなくなった頃、有栖川があからさまにため息を吐いた。


俺の方に睨むような視線をよこしながら、棘のある口調で聞いてくる。


「あの女、なんなわけ?」


「え…いや、あいつは星宮華恋っつって、俺たちのクラスメイトで…芸能人で…」


「そんなこと知ってるし。バカにすんな」


「す、すまん」


有栖川は明らかに苛立っていた。


俺を見る目がさらにキツくなる。


「あんたのなんなわけ、あいつ」


「俺の?」


「妙に親しげだったけど」


「いや…なんというか…中学の頃の同級生?みたいな…」


「そんだけって感じじゃなかったけど」


「あとは…六道が作った勉強会のメンバーに一緒に参加してるってぐらいだな…」


「ふぅん」


有栖川がじっと俺をみた。


俺はごくりと喉を鳴らし、有栖川を見つめ返す。


有栖川がふっと視線を逸らした。


「ま、どうでもいいけど」


「…?」


有栖川はそれきり興味を失ってしまったかのように教科書をめくりはじめた。


拍子抜けしてしまった俺は、しばらくぽかんとするのだった。


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