第15話
『下校時刻になりました。まだ校内に残っている生徒は速やかに下校してください』
校舎内に下校時刻を告げるアナウンスが流れる。
「おい、下校時刻だ。今日はここまでにしてさっさと出よう。ぐずぐずしていると警備員さんに叱られるぞ」
「うぅ…」
俺は机の上で伸びている有栖川の肩を揺する。
「うぅ…もう無理…何も考えられない…頭痛い…おかしくなりそう…」
3時間以上に及ぶ数学の勉強で、気力と体力を使い果たしたらしい有栖川が、覇気のない声でそんなことを言っている。
「よく頑張ったと思うぞ、有栖川。今日一日で数学に関してはだいぶ進められたと思う」
俺は有栖川をそう言って労った。
実際、これはお世辞でもなんでもなく、有栖川はよく頑張っていた。
彼女は今日一日で基礎問題のみならず、応用問題すらいくつか自力で解いてみせるレベルの成長を見せていた。
今日までほとんどテスト範囲を勉強していなかったことを考えると、飲み込みの速さは尋常じゃない。
ただ十分ごとに気が散るのでずっと問題に集中させておくことに苦労はしたが、それはともかく、この調子でやっていけば、本当に全科目で50点以上を超えるのも夢ではないだろう。
「この調子で気を抜かずにやってけば、確実に赤点は回避できる。今日は家に帰って忘れないうちに復習をしろ。記憶に定着させないと意味がない」
「…これ以上勉強とか無理…私が私じゃなくなっちゃう…気が狂っちゃう」
「狂ってもいいからやるんだよ。というか早く帰り支度をしてくれ。もうそろそろ警備員が見回りに来る時間だ」
「…はーい」
ようやく起き上がって重々しい動きで帰り支度を始める有栖川。
十分後、戸締りを済ませた俺は、有栖川とともに校門をくぐっていた。
「それじゃあ、俺はこっちだから」
「私はこっち」
「それじゃあな、有栖川。明日も放課後勉強会やるから学校休むなよ。お前は出席日数もギリギリなんだから遅刻もするな」
「わかってるし。いちいち小言が多すぎ。あんた私のお母さんなわけ?」
「ちげーよ。ただせっかく留年回避のために勉強を教えてやってるのに出席日数で留年が決まったら俺の努力が水の泡だろうが。そのために言ってんだよ」
「はぁ…はいはい。わかってるし」
有栖川がうんざりした表情でそういった。
俺はそんな有栖川に背を向けて帰宅の途につこうとする。
「ちょっと待って」
不意に有栖川が俺の制服を掴んで引き留めてきた。
「なんだよ」
「これ。早く出して」
「ん?どう言うことだよ」
スマホを手にしながらそんなことを言う有栖川に俺は首を傾げる。
有栖川が苛立ったように言った。
「連絡先に決まってるでしょ!一応…交換」
「はぁ?なんでだよ」
「そ、その方が便利だし。家で勉強してる時に何かわからないことがあったらあんたに聞けるじゃん」
「…それもそうか」
テストまで残り1週間、放課後だけじゃ有栖川に教えられることに限界がある。
連絡先を交換すれば、有栖川はいつでも俺に質問ができるわけで、学校にいる時以外の時間を有効に使える。
「ほら、これ読み取ってくれ」
「私が?まぁいいけど」
俺は有栖川にIDを読み取らせて連絡先を交換しあう。
「申請送った。早くおっけーして」
「了解。今受諾した」
「試しになんか送って。そっちから」
「これでいいか?」
俺は有栖川に挨拶のスタンプを送る。
「何そのスタンプ。古臭くない?うちの親父からよく送られてくるやつじゃん」
「…またそれか」
星宮と同じようなことを言ってくる有栖川。
どうやら俺はスタンプのチョイスが少し古臭いらしい。
「またって何」
「いや別に。こっちの話だ」
「あっそ。それじゃ、私帰るから」
「おう。気をつけて帰れよ」
「うっさい。言われなくてもわかってるから」
「…ったく。もうちょい愛想良くできないのかお前は」
俺のぼやきに返事をすることなく、スタスタと歩いて行ってしまう有栖川。
「やれやれ」
俺はため息を吐いた後、今度こそ帰宅の途についたのだった。
「ただいま」
「あ、おかえり兄貴」
家に帰ると先に帰っていたらしい妹の桜がリビングでピザを食べていた。
どうやら夕食を作らずに今日もピザを注文したらしい。
「またピザか。太るぞ」
俺は靴を脱ぎながら桜に小言を言う。
「うるさい。レディーに向かって太るとか言うな」
「机に足乗せて大口開けながらピザ食ってるやつのどこがレディーだ」
「ふん。家だからいいもん。私、みんなの前
ではお上品に振る舞ってるから」
「いつかボロが出るぞ」
「でませーんだ。私は兄貴と違って擬態が上手いから」
「自分で擬態って言ってんじゃねぇか」
「細か。細かい男は嫌われるよ」
「偏見だな。丁寧で繊細なことは一般的に美徳とされてる」
「はいはい。てか、兄貴今日遅くない?帰宅部で友達もいないくせに今まで何してた
の?」
「…と、友達がいないとか勝手に決めつけるな」
「いるの?」
「いるが?」
「何人?」
「…さ、3人ぐらい?」
「ってことは居ても一人ぐらいか」
「…っ」
この妹鋭い。
友達と言われて俺の頭に思い浮かぶのは、残
念ながら御子柴ぐらいだ。
「兄貴のことだから仮に友達が一人ぐらいいたとしても放課後に遊ぶほどの関係性じゃないだろうし…もしかして彼女でもできた?」
「はっ。できるわけないだろ」
「いや、なんでドヤ顔なわけ?」
呆れ顔の桜。
「俺は基本的に孤高の存在なんだ」
俺は胸を張ってそういった。
「兄貴さぁ…その歳で一回も彼女できたことないって結構恥ずかしいことだからね。顔は悪くないんだからさ、そろそろその痛い性格治して彼女の一人でも作ったら?」
「うるせぇな。お前こそ彼氏いんのかよ?」
「いないけど」
「ほら、お前も人のこと言えないじゃないか」
「私はいいの。可愛いし、彼氏なんて作ろうと思えばいつでも出来るから」
「…ぐ」
何か言い返そうとしたが言葉に詰まる。
確かに桜の容姿は、客観的に見てもかなり整っていると認めざるを得ない。
近所の人には常に兄妹かどうか疑われてきたし、親戚に会いにいけば、桜ちゃんの将来は女優さんねといつも隣で聞かされてきた。
実際、桜がその気になれば付き合いたい男は周りにたくさんいるのだろう。
「ま、厨二病卒業できただけでも一応兄貴なりに成長してるか」
「うるせぇ。母親ヅラやめろ」
俺は負け惜しみみたいにそう言って2階の自室へと向かったのだった。
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