第11話
昼休み。
俺は御子柴に今日は用事があると嘘をついて
一人屋上を目指した。
昨日の勉強会のことについてこれ以上御子柴に詮索されるのを避けるためだ。
休み時間のうちに購買部で買っておいた焼きそばパンを片手に、階段を登り、屋上の扉に手をかけた。
「あ…」
「…」
屋上には先客がいた。
そいつは、屋上の柵に背を預けて、グラウンドを見下ろしていた。
そよそよと吹く風で金色に染められた髪(校則違反)が微妙に揺れている。
スカート丈は、少し足を上げれば見えてしまいそうなほどに短い。
その横顔は、寂しそうにも憂鬱そうにも見える。
有栖川綾乃。
学年一の不良女子生徒がそこにいた。
「…」
俺はどうするべきか逡巡する。
有栖川綾乃の視線がゆっくりとこちらに向けられた。
切れ長の鋭い目が、俺を睨みつける。
「…っ」
「待て」
踵を返して屋上から退散しようとした俺に、背後から声がかかる。
「逃げんな」
有栖川綾乃がツカツカと歩み寄ってくる気配がした。
「あんた、同じクラスの奴でしょ」
「…」
俺は振り返る。
間近にきた有栖川が、俺を正面から睨んでいた。
「確か…加賀美なんとか、でしょ?」
「…はい」
俺は頷いた。
有栖川はしげしげと俺を眺めた後に言った。
「それ、よこせ」
「え…?」
有栖川が俺の右手に持っている焼きそばパンを指さして言った。
「そのパン。頂戴。お腹すいた」
「いや…それは…」
これはあれだろうか。
俗にいうカツアゲという奴なのだろうか。
「朝から何も食べてない。限界。頂戴」
有栖川が右手を差し出して、クイクイとやってくる。
「そのぐらいいいでしょ。金は払うから」
金は払うつもりらしい。
争いたくなかった俺は、あっけなく有栖川の要求に屈してしまい、焼きそばパンを差し出した。
有栖川が財布から100円玉を3枚、俺に渡してくる。
「五十円多い」
焼きそばパンは購買部で250円で売られているので俺がそういうと有栖川が首を振った。
「お釣りはいらない。手間賃に取っといて」
「…そうか」
「ありがとね」
有栖川はご機嫌そうにそう言って早速焼きそばパンを食べ始めた。
俺はそんな有栖川をぼんやりと眺める。
「いつまでここにいるの?」
有栖川がパンを食べながら言ってきた。
「自分の昼飯、買いに行けば」
「今から行ってもほとんど売り切れてると思う」
「そう。なんかごめん」
全然申し訳なさそうに思ってないような口調で有栖川は言った。
どうやら相当腹が減っていたらしい。
パンはあっという間に彼女の胃袋に収まった。
「美味しかった」
満足げに有栖川がお腹をさする。
俺はそんな有栖川から、噂されているほど悪い人間ではないのだろうという印象を受け
た。
「なんで授業に出ないんだ?」
気づけばそんなことを口にしていた。
有栖川がムッとした表情で俺を見る。
「どういう意味?」
「いつからここにいるんだ?学校に来てるなら授業に出るべきなんじゃないか?」
「何、お説教?」
有栖川が鬱陶しそうな顔をする。
「出席日数、足りるのか?」
「は?」
「このままだと出席日数が足りなくて留年になるって担任が嘆いてたぞ」
「あっそ。だから何。あんたに関係ないでしょ」
「お前、クラスで他の連中になんて言われてるか知ってるか?」
「知らない。どうせ悪口でしょ。エンコー女とか、ヤンキー女とか、ヤリマン女とか」
自重気味に有栖川がそういった。
俺は首を振った。
「勿体無いって言われてる」
「はぁ?勿体無い?」
「ああ。せっかく可愛いのに、勿体無いってのが大方の意見だな。ちゃんと授業に出て愛想良くすれば絶対に人気が出るのにって」
「…何それ。意味わかんない」
有栖川がそっぽを向いた。
さっきより微妙に声から棘が抜けたような気がした。
「授業に出ればいいんじゃないのか?ただ自分の席に座ってるだけで出席にはなるわけだし、ここにいるのと対して変わらないだろ」
「…うるさい」
「何か事情があるのか知らないが、授業には出るべきだと思うぞ。その後の人生を考えた時、高校は絶対に出ておいた方がいい。まさか辞めるつもりじゃないだろ?」
「マジでなんなのあんた。教師みたいなこと言って。私になんの恨みがあるわけ?うざいんだけど」
「昼飯のパンをカツアゲされたからな。嫌がらせしてるんだ」
「…」
俺がそういうと有栖川はなんとも言えない表情になる。
俺は手元の時計に視線を落とした。
昼休みは後半分ほど残っており、残りの時間を有栖川と二人きりの空間で過ごすことを考えるとなかなかに地獄だった。
自分で空気を悪くしておいてなんだが、ここはさっさと退散しておいた方がいいだろう。
「午後の授業は出ろよ」
俺は踵を返し、有栖川に背を向けながらそう言った。
「…なんなのまじで。ほんとうざい」
背中からそんな声が聞こえてきたが、最初の時よりも明らかに覇気が失われていた。
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