第10話


勉強会の翌日。


わかってはいたことだったが案の定俺は御子柴に問い詰められることになった。


「おい、昨日のあれはどう言うことだよ説明しろ」


「何が」


「惚けるな。勉強会のことだ。お前だけ星宮さんとお勉強なんてずるいぞ。なんで俺を誘わなかったんだ」


「あの場で俺に、お前を誘う勇気があったと思うか?」


「どう言うことだ」


「お前も知っての通り、六道の本命は星宮だろ?俺は星宮がたまたま誘ったお邪魔虫にすぎない。そんな俺がさらにお前を誘ってみろ。六道は確実にいい顔をしない」


「…それはそうだが」


納得したのかしてないのか、御子柴の俺を見る目の厳しさは変わらない。


「まぁそのことに関しては一千歩譲っていいとしよう」


「だいぶ譲ってくれるんだな」


「問題は星宮がどうしてお前を誘ったのかということだ」


「…」


やっぱそこ聞かれるよな。


俺はごくりと喉を鳴らす。


詮索好きな御子柴がそこに関して突っ込んでくることはあらかじめ予期していた。


無難にやり過ごすための会話パターンはいくつか頭の中に用意してある。


ボロを出さないように慎重に答えれば、乗り切れるはずだと俺は自分に言い聞かせた。


「お前、中学の頃星宮とそんなに仲良かったのか…?」


「何度か話はしたな」


「友達だったのか?」


「そうとも言えるかもしれん。教室でよく話してたが、休日に遊びに行ったとかそこまでの付き合いじゃない」


「本当か?随分親しげに見えたが」


「星宮は誰に対しても人当たりがいいだろ」


「勉強会ではどうだったんだ?星宮と喋ったのか?」


「色々質問されはした。全部テスト対策のことについてだ」


「本当だろうな?連絡先聞かれたりは?」


「…」


「おい、お前まさか…」


「ぐ、グループチャットを六道が作ろうと言い出したから、そこに入った」


「…なるほど」


俺は嘘にならない程度の誤魔化しでなんとか御子柴の詮索を交わしていく。


だがなかなか御子柴は俺への疑いを解いてくれない。


「なんか隠してそうなんだよなぁ」


「…何も隠してねぇよ」


「…本当かぁ?」


「…ああ、本当だ」


「怪しいなぁ」


「…もう勝手に妄想してろ」


俺は御子柴を放っておくことにした。


御子柴は俺と、離れたところに座っている星宮を見比べて首を傾げている。


「お前ら席につけ。ホームルーム始めるぞ」


そうこうしているうちに担任が教室にやってきてホームルームが始まった。


とりあえず難を逃れたことで、俺はほっと胸を撫で下ろす。


「有栖川。有栖川いるかー?有栖川いないのかー?」


いつものように担任が出席をとっていく。


男子は途切れることなく名前を呼ばれ、女子に差し掛かった時、とある女子生徒の名前が繰り返し呼ばれた。


俺は斜め前の誰も座っていない空席を見る。


「有栖川は今日も遅刻か…ったく」


担任がため息を吐いて出席簿に何事か書き込んでいる。


おそらく遅刻をつけているのだろう。


「有栖川さん今日も遅刻みたい」


「やばくない?最近ほぼ毎日じゃん」


「無断欠席も多いし出席日数足りるのかな?」


「留年するつもりなのかな?どういうつもりなんだろ」


「色々悪い噂もあるし…」


「繁華街をおじさんと歩いてるの見たって噂聞いたことある」


「タバコ吸ってるとかいう噂もあるし…近づかないほうがいいよね」


周囲の女子たちがヒソヒソとそんな噂をするのを俺は黙って聞いていた。


「よし、有栖川以外は全員いるな。それじゃ

あ、今日も一日、頑張っていこうか。連絡事項は特になしだ」


その後は筒がなく出席が取られていき、ホームルームが終了した。


担任が教室から出て行ったのと同時に、御子柴が話しかけてくる。


「有栖川、どうするんだろうな」


「…何が?」


「この感じのまま一年過ごすと確実に出席日数足りなくて留年だろ?あいつ辞めるつもりなのかな」


「…さあな」


「おい興味ないのか?」


「別に」


「マジかよ」


御子柴が驚く。


「お前は興味あるのか?」


「そりゃあるだろ。だって有栖川可愛いし」


「…まぁ、確かにな」


有栖川綾乃。


クラス一の、いや、もしかすると学年一の不良かもしれない女子生徒。


授業態度が悪くて、周りの生徒に対してはぶっきらぼうで、遅刻癖がある。


タバコを吸っているとか、援助交際をしているとか、いろんなよくない噂があり、生徒たちからは避けられ、クラスでは浮いている。


最近は特に学校を休んだり、遅刻することが多く、このままだと留年になってしまうということで、担任は頭を抱えているようだ。


だが、そんな有栖川も一部の男子には人気があったりする。


有栖川綾乃の容姿は、留年間近の不良にしておくには勿体無いほどに、よく整っていた。


「あれで星宮みたいに愛想が良ければ人気出ただろうにな。勿体無いよなあ」


「そうだな」


俺は御子柴の意見に心から同意する。


もし有栖川が星宮の半分でも人当たりが良ければ、きっと人気者になっていただろう。


だが有栖川の他人に対する態度はどこまでも冷たく、棘があり、何者をも寄せ付けない。


有栖川が誰かと親しげに話している光景を、俺は未だかつて見たことがなかった。


「何か事情があるんだろうなぁ。ま、犯罪に巻き込まれたくないし、近づかないのが吉だな」


有栖川のことを知りもしないのに、勝手にそう決めつけて納得する御子柴に俺は曖昧に頷きを返した。

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