第7話
「ここはこうやって公式に当てはめてやれば解けるぞ」
「わ、すごい。本当だ。ありがとう、加賀美くん」
「似たような問題が次のページに載ってるから今の流れで解いておいた方がいいと思うぞ」
「そうするね。加賀美くん教え方すっごく上手いね。私、先生の教え方を聞いてもさっぱりだったけど、加賀美くんに教えられたらすぐに分かっちゃった」
「役に立てたのなら良かったよ」
勉強会が始まってからしばらくが経過した。
星宮は自分で言っていた通り本当に数学が苦手らしく、今回のテスト範囲の問題について色々と質問してきた。
俺がなるべく丁寧に教えてやると、星宮は尊敬するような眼差しを俺に向けてくる。
教え方が上手いと星宮に褒められてちょっと誇らしい気分になるが、同時に居心地の悪さも感じていた。
「り、六道くん、この問題なんだけど…良かったら教えてくれないかな?」
「…」
「六道くん…?聞いてる?」
「…ごめん。ぼんやりしていた。何?」
「こ、この問題教えて欲しいんだけど」
「…これか。分かった」
ずっとこちらに視線を送っていた六道が隣の女子に教えを乞われて我に帰る。
先ほどからずっと六道がじーっとこちらを見ていて、正直とても居心地が悪かった。
このままずっと六道に睨まれながら勉強会終了まで乗り切れる自信が俺にはない。
星宮はなぜか数学得意アピールをしていた六道に質問することなく、ずっと俺に質問をしてきている。
もちろん向かいの席に座っている六道に質問するよりも隣の席の俺に質問する方が、教科書の向きとかの関係で手っ取り早いと言うのが理由なのだろうが、そのせいで空気はどんどん悪くなっていっている。
多分だが、今日のことで俺は六道に目をつけられてしまったような気がする。
明日からクラスで俺だけ無視されたりはしないかとそんな心配ばかりしてしまう。
「加賀美くん、次はこの問題なんだけど…」
「すまん…星宮。実はその問題は俺も苦手なんだ」
そんな中、またしても星宮が俺に質問をしてきた。
俺はその問題については理解していたが、わざとわからないふりをする。
こうすれば星宮が自然、六道に質問する流れになるかもしれないと思ったからだ。
星宮が六道に質問して六道が星宮に教えてやれば、少しはこの険悪な空気も解消されるかもしれない。
そんな期待をして、俺は星宮に悪いと思いつつ、わかる問題をわからないと嘘をついた。
「そっかぁ。加賀美くんでもわからないんだ」
「すまん」
「じゃあ、私がわからなくてもしょうがないよね。この問題は飛ばそっかな」
「…!?」
おいおいおい、そうじゃないだろ。
なんで六道に質問しないんだそこで。
せっかくの俺のお膳立てが台無しじゃねーか。
俺は恐る恐る顔を上げて前方の六道の顔を見る。
六道はなんとも言えない表情で星宮のことを見ていた。
ちょっとその表情には捨てられた犬みたいな悲壮感すらある。
若干だが六道が気の毒になった。
星宮は俺に聞いてきた問題を完全に飛ばしてしまい、先ほど俺が教えた問題と同系統の練習問題に取り組んでいる。
俺は何も見なかったことにして、勉強を再開した。
「よし、だいぶ時間が経ったし、そろそろ席替えとかしないか?」
それからしばらくが経過した頃。
六道が突然そんなことを言い出した。
「六道くん?」
「席替え?」
怪訝そうにする取り巻きたちに六道が説明する。
「ほら、せっかくの勉強会なんだし、いろんな人同士で教え合った方がいいだろ?ずっと同じ席じゃ、隣の人としか教え合えないから、ここらで席替えをしよう」
「いいなそれ」
「確かに」
「分かったよ六道くん」
取り巻きたちが六道の意見に賛成する。
完全に席替えする流れができてしまった。
「私はこのままでもいいと思うけどなぁ」
ぼそっと星宮がそんな呟きを隣で漏らしているが、幸いなことに六道には聞こえていないみたいだ。
俺は突然席替えをしようと言い出した六道の真意を察する。
要するに六道は星宮の隣になりたいのだろう。
さっきまでは星宮は隣の俺にしか質問をしてこなくて、近くにいる六道には全く話しかけなかった。
だから席替えで星宮の隣の席になれば、星宮
と話せると考えたに違いない。
「じゃあ、それぞれ今座っているところとは
別の席に座ろう。図書館の中だからなるべく静かに移動してくれ」
生徒たちが荷物をまとめて一旦席を立つ。
俺は先ほどと同じミスは繰り返さないと、席替えが始まって早々に荷物をまとめて一番端っこの席に移動した。
こうすれば仮に星宮が再度俺の隣の席を選んだとしても問題がない。
まぁ星宮が流石に2回連続で俺の隣を選ぶことなんてないと思うが…
「加賀美くんはそっちにするの?じゃあ、私、隣に座るね」
「…」
と思ったら端っこの席へと移動した俺の隣に当たり前のように座ってくる星宮。
まだ数学の問題を教えてもらうつもりなのだろうか。
六道から俺への視線がまた厳しくなる。
だが、しかし。
今回はこうなったとしても問題ないように対策しておいた。
端っこの俺の席の隣の席は、当然端っこではないので両隣に誰かが座れるようになる。
つまり星宮が俺の隣に座ったとしても、その反対側にもう一人誰かが座れるのだ。
「じゃあ、俺はここにしようかな」
作戦通り。
俺は即座に動いて星宮の隣に座った六道に内心ほくそ笑む。
これで星宮の隣に六道が座れることになった。
こうすれば六道の目的は達成され、これ以上勉強会の空気も悪くなることはないだろう。
「それじゃあ俺はこっちだ」
「私はここ」
「ここにしようかな」
六道が席につき、また自ずと取り巻きたちの席が決まっていき、勉強会が再開された。
俺は万一にでも星宮がまた俺にばかり質問してくることを避けるために、数学ではなく社会の教科書を広げた。
これなら星宮も数学の質問をしてきにくいだろう。
六道は星宮に質問されることを期待してか、まだ数学の勉強をしているみたいなので、星宮はきっとわからない問題があれば六道に質問するはずだ。
「加賀美くん、この問題なんだけど…って、あれ?社会勉強してる?」
「同じ科目ばっかりやってても飽きるからな」
「そうなんだ。それじゃあ私も社会やろうかな」
「…!?」
「私、社会はちょっと得意だから質問していいよ加賀美くん!変な豆知識とかいっぱい知ってるし。多分テストには出ないと思うけど。あはは」
そんなことを言いながら数学の教科書を片付けようとする星宮。
俺は全く思い通りに行動してくれない星宮に頭を抱える。
「なぁ、星宮。さっきの問題、俺なら教えられると思うんだけどどうかな」
溜まりかねたように六道が口を挟んできた。
数学の教科書を片付けようとしていた星宮が六道の方を見る。
「星宮、さっきこの問題わからないって言ってたろ?俺、こう見えて数学は得意だから多分教えられるぞ」
「聞いてたの?」
「き、聞き耳を立ててたわけじゃないからな?ただたまたま聞こえたというか」
「…」
「それで、どうだ?せっかくの勉強会だし、疑問はここで解決しておいた方がいいと思うんだ。代わりに星宮は俺に社会を教えてくれればいいからさ。俺、社会とか暗記科目、結構苦手なんだ」
「うーん…ありがたいんだけど六道くん。今日はもう数学はいいかなって気分になっちゃった」
「え…」
「苦手な数学ばっかりやってると頭痛くなってきちゃって。だから他の科目やるね。数学はまた今度教えてね」
「…ああ」
顔の見えない六道の沈んだ返事が聞こえてくる。
星宮は数学の教科書を完全に片付けてしまい、本当に別の科目の勉強を始めてしまった。
俺は何も見なかったことにして、目の前の教科書に集中することにした。
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