第3話
「星宮さん!ずっと前から好きでした!俺と付き合ってください!」
翌日。
俺が登校すると、教室のど真ん中で告白が行われていた。
どうやら他クラスの男子がわざわざ星宮に告白しにきたらしい。
別に珍しいことでもないので、クラスメイトたちは特に騒ぐこともなく見守っている。
「よお、加賀美。来たか」
俺が自分の席につくと、待ち構えていたように御子柴が近づいてきた。
「告白か?」
「ああ、そうみたいだ」
俺が尋ねると御子柴が頷いた。
「あれで今年に入って35人目だ。すごいよなぁ」
御子柴が星宮と星宮に告白を行っている男を見て呆れたようにそう言った。
「付き合える可能性なんてほぼゼロなのに…告白するやつは後を経たない。まぁ万に一つでも可能性があればやる価値はあるのか。成功すれば国民的アイドルの彼氏だもんなぁ」
「…そうだな」
「何?お前は気にならねぇの?」
「別に」
「おいまじかよ。どうする?星宮がOKしたら」
「…そんなこと絶対にないの、お前もわかってるだろ」
「まぁそうだけどよ」
と言いながらも俺も御子柴も星宮と告白している男の方を見る。
星宮は今日も今日とてきっちり制服を着こなし、校則に引っかからない程度に薄い化粧と髪染めで芸能人レベルの見た目をしていた。
対して男は、正直星宮に釣り合うレベルではなかった。
ただその顔からは真面目で誠実そうという印象を受ける。
男は星宮に対して告白の言葉を紡ぐと、頭を下げて右手を差し出した。
星宮は差し出された右手を困ったような目で見た後に言った。
「ごめんね。君とは付き合えないかな」
「…っ」
男の顔に失望の色が広がる。
ショックで開いた口がなかなか塞がらない。
どうやらかなり真剣な告白だったらしい。
そりゃそうか。
側から見れば無謀に見えても本人にとっては告白はいつだって真剣なのだ。
「り、理由を聞いてもいいかな…?」
男は震え声でようやく言葉を絞り出した。
「えっと…その、私、君のことあんまり知らないし…名前もわからないし…同じクラスになったことあったかな?」
「お、俺だよ星宮!図書委員の田辺だよ!い、一緒に本を棚に写す作業をしただろう…?」
「と、図書委員…?ひょっとして半年前ぐらい前の?」
「そ、そうだよ!一日だけだったけど、星宮さんと一緒に作業してて…星宮さんが重そうな本持ってたから手伝ってあげて…そしたら星宮さんが俺にありがとうって言ってくれて…それで俺…」
「…」
星宮がなんとも言えない表情を浮かべた。
二人の間には決定的な温度差があった。
田辺にしてみれば、半年前当番制の図書委員で一日だけ星宮と一緒に作業をしたことは特別なことだった。
お礼を言われた田辺はきっと舞いあがったに違いない。
だが星宮にとってそれはただの日常の一コマに過ぎなかったのだろう。
田辺はその日以来星宮に対する気持ちを募らせていたに違いない。
だが残酷なことに星宮は田辺の名前すら覚えてはいなかった。
「ひょ、ひょっとして忘れてたの…?」
「ご、ごめんね…クラスになった人のことは絶対に忘れないようにしてるんだけど…」
「…っ」
星宮のその答えに田辺はガックリと肩を落とす。
完全に脈なしだったと気がついたようだった。
「ま、そうなるよな」
御子柴が見事に撃沈した田辺を見て、そう呟いた。
周囲の生徒も、当然の結果に特に驚く様子はなく、田辺に少し同情するような視線を向けている。
「たった一度お礼を言われただけで相手に勘違いさせたか。星宮はやっぱりすげーな」
「…そうだな」
「俺も星宮に話しかけられでもしたらあんなふうになっちまうのかねぇ」
「どうだろうな。お前は案外冷静なんじゃないか?」
「そうありたいけどな、自信ない。あんな可愛い子に話しかけられたら、まぁ男ならこいつ俺のこと好きなんじゃね?って勘違いしちまっても仕方ねぇよ」
「そうなのかもな」
実際そうなのだろう。
これまで星宮に告白してきた男たちもむしろ全く星宮と接点がなかったものたちは少数派だったはずだ。
大抵が星宮と何かしらの形で関わり、もしかしたら脈アリかもしれないと勘違いをして告白をする。
だが星宮にとって彼らとの関わりは単なる日常の一コマに過ぎず、そこには温度差が存在する。
星宮自体に悪意はないのだろうが、その整い過ぎた容姿が知らずのうちに関わった異性を勘違いへと誘ってしまうのだろう。
「星宮も大変だよな。本を持ってもらったお礼を言っただけで好意を寄せられて告白されるのか。こりゃ迂闊に男と会話もできねぇな」
「…確かに色々と苦労してそうではあるな」
優れた容姿で国民的人気を博している星宮を羨む者もいるのだろうが、持てるものには持てるもので辛いことや苦しいことがありそうだ。
俺と御子柴は周囲に聞こえないように小声でそんな会話をしながら告白の結末を見守った。
「も、もしかして…星宮さんって付き合ってる?」
「え…」
星宮に告白する大抵のものが、振られれば肩を落として逃げるように退散するのだが、田辺は違ったようだ。
告白を断られた後も、その場から一歩も動かず、さっきとは打って変わって少し攻めるような視線を星宮に向けている。
「き、昨日のテレビ見たよ…星宮さん、ち
ゅ、中学の頃に好きなやついたんでしょ?もしかしてその人と今でも付き合ってるの?」
「え、いや、あれは…」
「だから俺の告白を断ったんでしょ?」
「違うよ。君の告白を断ったのは君のことを全然知らないから。私が付き合ってるからじゃない。昨日の番組見てくれたのはありがとう。でも、あそこで言った通り私は誰とも付き合ってないよ」
「それ本当?ファンを騙すための嘘じゃなくて?」
田辺の言葉にはいつしか棘のようなものが含まれ始めていた。
告白を断られたことによる逆恨み。
そんな感情が滲んでいるのが誰の目にも明らかだった。
「星宮さんが告白を断られるなんて不自然だよ。本当は中学の時に告白した男と今でも付き合って」
「やめてよ」
ピシャリと星宮が言った。
明らかな怒りの滲んだ声だった。
クラスメイトたちが驚いたように星宮を見る。
星宮の表情は見たこともないほど冷たいものになっていた。
いつも周囲の人間に笑顔を振り撒いている星宮とは明らかに違っていた。
「ご、ごめん…」
まさかここまで星宮が怒るとは思っていなかったと言った調子で田辺が慌てて謝った。
「話が終わりなら、もう自分のクラスに帰って欲しいかな」
星宮が静かに言った。
「…っ」
田辺は怒りなのか、恥ずかしさなのか、あるいは両方なのか、顔を真っ赤にした後、踵を返して逃げるように教室から出ていった。
シーンとした気まずい静寂が教室を支配する。
「あちゃー。あれは地雷を踏んだな」
御子柴が小声でそんなことを言った。
「…」
俺は星宮の沈んだ横顔から視線を逸らし、時計を見てホームルームが始まるまでの時間を確認した。
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