第2話


「お、兄貴おかえり〜」


「ただいま」


家に帰るとリビングで妹の桜がテレビを見ていた。


「今日のご飯、作るの面倒くさいから出前でいい?」


「別にいいぞ」


「やたー。ピザ注文するねー」


そんなことを言いながら桜がスマホをいじり出す。


両親が仕事の都合上一年で二、三日しかうちにいない加賀美家は、毎日俺と妹の桜が交代で食事係を担当している。


今日は桜の当番の日なのだが…料理があまり得意じゃなく、しかも面倒くさがりな彼女は出前とかで済ませてしまうことが多い。


二日に一回で前の食事では少々不健康だし食費も嵩んではしまうのだが、桜は中3で今年受験ということもあり多めに見ている。


「ピザ注文終わった〜。30分後に届くんだって〜」


「そうか」


注文を終えた桜がポイっとスマホを投げ捨て、テレビに集中し出す。


「何見てんだ?」


「んー、星宮先輩のバラエティー」


「…」


見れば、テレビ画面に映っているのはつい先ほど教室で会話をしたばかりの星宮だった。


有名芸能人たちに囲まれ、ニコニコとした笑みを浮かべて、質問なんかに答えている。


『星宮ちゃんさぁ、アイドルとか芸能活動とかこうしてやってるわけやけど、普段は普通の女子高生やんか』


『はい、そうですね』


『そんならちょっと高校での話とか聞かせてもらうことできるー?みんな気になってると思うねん』


『えー、普通ですよー?みんなと何も変わらないです』


有名芸能人にそんなことを聞かれて愛想笑いを浮かべている星宮。


司会役の男が、ニヤニヤしながらさらに星宮を問い詰める。


『ぶっちゃけ恋愛のこととかどうなん?星宮ちゃん、学校に好きな人とかおるん?彼氏は?』


『えー、それ聞いちゃいます?あはは。困っちゃったな』


星宮が笑いながら困り顔をするという気ような表情を浮かべる。


桜が司会役の五十を超えた芸能人を指差して言った。


「このおじさんきもー。星宮先輩にセクハラすんなし」


「まぁ芸能人だからな」


俺は桜を嗜めるが、星宮のファンである桜は、プリプリと怒っている。


「そうかもしれないけど、芸能人にだってプライベートはあるよ。先輩!思いっきり断ってやってください。セクハラやめてくださいって。そしたらそのおっさん、絶対炎上するから。というか私が炎上させるから」


「おいやめとけ」


こいつなら本気でやりかねないと思って俺は桜をとめにかかる。


最近は一般人でも芸能人に暴言を吐けば、誹謗中傷として訴えられるケースとかがあるからな。


匿名だからといって誰かの悪口を書き込んだり炎上に加担したりするのはリスキーなのだ。


『星宮ちゃんのファンも気になってると思うねん。星宮ちゃんに好きな人とか恋人がいるかどうか…な?話してみてよ』


『恋人はいないです。現在お付き合いしている人はいません』


星宮はキッパリといった。


まぁそういうしかないよなという答えだ。


アイドルである星宮に彼氏がいるとなればとんでもないスキャンダルになる。


たとえいたとしても隠すだろうし、事務所も星宮に口止めしていることだろう。


『本当かー?ファンにいい顔しようと思って嘘ついてんとちゃうかー?』


その辺の事情をわかってか、司会役の芸能人は怪しい顔をしながらさらに星宮に詰め寄る。


だが星宮は一歩も引かなかった。


『本当に恋人はいないですよ。でも…好きな人はいました。中学の頃』


『え、そうなの!?』


これに周りの芸能人たちが食いついた。


スタジオのお客さんたちも「「「えー」」」

とわざとらしい驚いた声を出している。


星宮が少し照れくさそうにしながら言った。


『私、その人に告白したんですよ。でも、振られちゃいました』


『ほんまかいな!星宮ちゃんみたいな可愛い子でも振られることってあるんや!』


『ありますあります、全然あります。完璧に振られましたもん、私』


『ひえー、星宮ちゃんを振ったその男が腹立たしいわ俺は。どんな男やねん。ちょっと教えてみてよ』


『えーっと、あんまり個人を特定できるようなことは言えないんですが…ちょっと不思議な人というか、周りとは違うというか…そんな感じの人でした』


『変人ってことかいな。星宮ちゃん物好きやな〜』


『あはは。かもしれないです』


『え、何?ここでCM?まじかいな。それじゃあ、みなさん。星宮ちゃんを振った男の詳しい話はCMの後で!』


『ちょっとぉ。もうこれ以上は話しませんからねー?』


司会の男のそんなセリフと、星宮の呆れたような声で一旦番組が中断し、CMになった。


「へー、星宮先輩。好きな人いたんだ〜」


意外そうに桜がそんな感想を漏らす。


「兄貴、誰だか知らない?星宮先輩と同じ中学だったでしょ?」


「し、しらねぇ」


「…?ん、何その反応。何か隠してない?」


桜が訝しむような目で見てくる。


俺は咄嗟に視線を逸らす。


「まさか…星宮先輩が告白した人って兄貴だったりして…」


「…っ!?」


「って、そんなわけないかー。あはははは」


桜がゲラゲラ笑う。


「中学の頃の兄貴、めちゃくちゃ厨二病でクソ痛かったもんねー。そんな兄貴を星宮先輩が好きになるわけないか〜」


「…お、おい、それ以上はやめろ。俺の黒歴史が…」


「何言ってんの今更じゃん。兄貴が一生懸命設定書いてた謎のノート、私こっそり部屋に漫画借りに行ったときに見つけて全部読んだから」


「お前何してくれてんだ!?」


「手から黒い炎が出るんでしょ?」


「ぐおおおおおおおおおおおおおおお」


妹に中学の頃に考えていた厨二設定を思いっきりいじられ、俺は恥ずかしさで悶絶する。


「あははははは。まじうける」


そんな俺を見て桜は腹を抱えて笑い転げるのだった。

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