厨二病の俺が国民的人気アイドルに告白されるはずがない

taki

第1話


「なぁ加賀美。お前中学の頃に星宮華恋に告白されて振ったってマジ?」


「ぶっ」


昼休みの食堂。


今日も今日とてコスパ最強のカツ丼定食を食べていた俺は、隣で焼きそばパンを不味そうに食べていた御子柴宗介のそんな何気ない言葉に口に含んでいたリンゴジュースを思いっきり吹き出した。


「げ、きったねぇ」


それを見た御子柴が顔を顰める。


幸いなことに俺の前の席には誰も座っていなかったために俺はテーブルの上のリンゴジュースを片付けるだけで済んだ。


「な、な、なんのことかな?」


テーブルの上のリンゴジュースをすっかり拭き取ったと、俺はなるべく平静を装って御子柴に貼り付けたような笑みを向けた。


「いや、わかりやすいぐらい動揺してんな」


「動揺?してないが?」


「え、マジなの?」


御子柴が興味津々と言った感じて聞いてくる。


「い、いや…そんなわけないだろ…ありえねぇって」


「じゃあなんで声震えてんだ?」


「お前がいきなり星宮の名前とか出すから…」


「何、好きなの?」


「ちげーよ…ただあいつ、有名人だろ?だからちょっと驚いただけだ」


「本当かぁ?」


御子柴が訝しむような目で俺を見てくる。


「ただそれだけの反応には見えなかったが」


「ほ、本当だって…大体冷静になって考えてもみろ。星宮みたいな美少女に俺が告白なんてされるわけないだろ」


「…たしかにそれはそうか」


「おい信じるの早いな。説得力抜群かよ」


「それ言われちゃぐぅの音もでねぇよ」


「…そうかい」


はぁと俺はため息を吐く。


御子柴が再び焼きそばパンを食べる作業に戻りながらいった。


「やっぱそうだよな。デマをつかまされたか」


「ああ。そんなことありえない。確かに俺は中学は星宮と一緒だった。だが断じて告白なんかされてない。今も昔も、俺は星宮みたいな高嶺の花には手の届かないモブだよ」


「だろうな。教室の端っこで空気になってる中学の頃のお前の姿が目に浮かぶようだよ」


「…いや、空気だったのは本当だがお前に言われると腹立つな」


「ははは」


御子柴がケラケラと笑う。


それっきり御子柴はこの話題から興味を失い、別の話をし始めた。


俺は御子柴の話に適当に相槌を打ちながら内心安堵した。


危ない。


どうやら俺のついた嘘はバレなかったようだ。





「あ、私を振った人がいる」


「…!?」


鈴の音の響くような声が聞こえてきた。


くれなずむ放課後の教室。


一人教室に残って日直の仕事をしていた俺は、突然背後から響いたそんな声にビクッと体を震わせる。


「やっほー、加賀美くん。こんな時間まで残って何してるの?」


「…星宮」


にこやかな表情を浮かべた美少女がそこに立っていた。


星宮華恋。


学校中どころか日本全国にまでその名前が轟く超有名人。


高校生にしてアイドルでモデルな人気インフルエンサー。


SNSのフォロワーは一千万人を超える。


ネットを使っていれば一日に一回は何かしら彼女に関する投稿を見かける。


それぐらいの有名人が俺と同じ学校で同じクラスで同じ授業を受けているという実感が、今になってもあまり湧かない。


「加賀美くん、部活に入っているわけじゃないよね?」


星宮は頬に手を当てて首を傾ける。


あざとい仕草だが、星宮がやると不思議と嫌味がない。


「日直の仕事」


俺は黒板の端に書かれた自分の名前を指差した。


今日の日直という文字の下に、加賀美誠司と俺の名前が書かれている。


「あ、そっかぁ」


納得したように星宮がポンと手を打った。


「日直の仕事かぁ。思いつかなかったな。でもえらいね加賀美くん。こんな遅くまで残っていて掃除なんて。普通日直の仕事なんてみんな適当に流してさっさと帰っちゃうよ」


「…暇だからな」


「え、暇なの?加賀美くん、使命があるとかじゃなかったっけ」


「…っ」


まだ覚えていやがったのかこの女。


いや、そりゃそうか。


だってそれは俺が…


「私の告白を断るぐらいだからとんでもない使命を帯びてるものだとばかり思ってたんだけど…もう使命は無くなったの?」


「いや、それは…」


どっちだろう。


これは揶揄われているのだろうか。


それとも真剣な疑問なのだろうか。


俺は悩んだ末に絞り出すようにしていった。


「きょ、今日は久しぶりの休みなんだ」


「…あ、休みとか取れちゃう感じなんだ」


星宮は納得したような表情だった。


「というか星宮はどうしてここに?お前こそ忙しいんじゃないのか?」


俺は話を変えたくて逆に星宮にそう投げかけた。


星宮はたった今自分の机から取ったものを掲げる。


「忘れ物取りに来ただけだよ、体操服。今から急いでタクシー拾って今日も収録に向かうんだ」


「…そうか」


国民的アイドルはいつも何かしら仕事に追われているらしい。


「それじゃあね、加賀美くん。日直の仕事頑張って」


「…おう、そっちもな」


星宮は笑顔で手を振って教室を出て行った。


「はぁ」


俺はため息を吐く。


「まだ覚えてたのか…もう2年も前のことなのに…」


俺の脳裏に2年前、中学校時代のことが蘇る。


周りの生徒たちが部活に打ち込んだり付き合ったりして青春を謳歌する中、俺は絶賛厨二病を患っていた。


俺は自分には世界を救うための重要な使命が課せられているという痛い設定のもと行動しており、そのせいで人生最大のチャンスを無駄にした。


『加賀美くん、私と付き合ってくれないかな?』


『すまないな、星宮。俺には使命がある。だからお前とは付き合えない。お前を巻き込むことになるからな』


俺の答えを聞いた時の星宮の困惑した表情が思い出され、途端に恥ずかしさが込み上がってくる。


ぐおおおおお。


死にたい死にたい死にたい。


なんで俺あんなことを言ったんだ。


あの時告白を受けてさえいれば、俺は国民的人気アイドルの彼氏だったかもしれないのに。


「はぁ」


全ては過ぎ去ったこと。


変えることのできない過去だ。


にもかかわらず、俺はいまだにあの時のことを引きずりながら高校生活を送っていた。

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