第3話

「北から来た。」


 シャオビンを口いっぱいに頬張り、ヨウティアオを一気にかじりながら、ケモノヒューマノイドの女性――レオナはそう言った。彼女は急いで豆乳を飲み、少しむせて数滴をこぼしてしまった。チューチューは無言でタオルを差し出した。


 来客ががつがつと食べる様子を見て、僕は自分の皿を彼女の方に押しやった。チューチューがそれに気づき、僕の手を軽く叩いた。


 レオナはタオルで口を拭い、姿勢を正した。


「私は鋭牙えいが氏族のレオナ。助けてもらって感謝する。」


「獣の国の者か。どうしてここまで来たんですか?」と、チューチューが尋ねた。


 その言葉に、レオナは口元を吊り上げ、鋭い白い牙を見せて笑った。


「ちょうど10年に一度の祭りが近くてね。面白いものを持ち帰って自慢するために、ここまで来たんだ。」


「王選祭、か。」と、チューチューが呟いた。


「王選祭?」僕も不思議そうに問いかけた。


「獣の国の祭りさ。勇士たちが冒険に出かけて、宝物を集め、国内に戻ってその戦利品を誇示するんだ。最も多くの喝采と称賛を得た者が、王からの褒美を受け取る。」


「……なるほど」


 レオナの説明に僕は半ば理解したようにうなずいと、彼女は嬉しそうに笑い出した。


「でも、運が良かったよ。この廃都まで来て、こんなに面白い主従に会えるなんて。ここで暮らしているからには、きっと普通じゃない宝物があるに違いない。」


 レオナは背負っていたバッグを開け、中身をテーブルにざっと広げた。


 テーブルは橙色の金貨でいっぱいになった。小さな山を作る金貨の中には、赤や緑の宝石、真珠、獣の牙、さらには瑪瑙めのうも混じっていた。


「へえ、これは面白いな。」


「だろう?」と、レオナは誇らしげにうなずき、鼻からふんっと息を漏らした。両腕を組み、彼女は顎を上げた。


 僕の視線は彼女の手に止まった。


 右手の薬指がなくなっていた。傷口はまだ新しく、循環液が少し滲み出ている。僕の視線に気づいたレオナは、少し照れくさそうに笑った。


「ちょっと手強い魔機と戦っているとき、吹き飛ばされたんだ。」


「そうか。」


「気にするな。戦いを生業にしていると、こんなことはよくあるもんだ。これは勲章みたいなものさ。」


「ふむ。僕の方には特に交換できるものはないけど、もし君が望むなら。」


 僕は彼女の断指を指差した。


「その指を修復してあげる。チューチュー、パーツと道具を持ってきてくれ。」


「修復?どうやって?」


 レオナの問いには答えず、僕は彼女の手をそっと握り、手のひらを開かせた。それから指を鳴らして、記録用のドローンを起動させた。


「記録。対象はケモノヒューマノイド、女性型。右手薬指の第二関節で断裂、残肢はなし。修復コストは総評価額の30%未満。」


 記録を取るドローンに話しかけながら、僕はレオナの手のひらを軽く揉んだ。硬く、繭で覆われた感触が伝わってくる。僕は色見本を取り出し、彼女の手と比べてみた。


 するとチューチューが保存液の入ったケースを持ってきた。僕は中を探り、しばらくしてレオナの手にぴったりの指を見つけた。彼女は目を見開いたが、何も言わなかった。


「運が良いな。サイズがぴったりだ。修正する必要はない。ただ、色はしばらくの間は少し違うかもしれないが、使い続ければ色素が同調してくるはず。」


 僕は自分の目元を軽く叩き、視界を顕微鏡モードに切り替えた。ピンセットとレーザー溶接機を手に、慎重に断面を観察しながら、小さな管、神経束、骨を接続していった。レーザー溶接の音が鳴り、煙がゆっくりと立ち上った。生体素材が焼ける独特の匂いが漂ってくる中、僕は作業を続けた。


「痛みは感じるかい?今、君の手の感覚を中枢プロセッサーから切断しているはずだが。」


「痛くはない。でも、自分の手がこうしていじられてるのに何も感じないのは、なんだか変。」


「もう少しの辛抱だ。すぐに終わる。」


 僕は最後の管を接続し、皮膚を縫合し始めた。それから縫い目に生体接着剤を塗り、ドライヤーで乾かした。最後に針を取り出し、そっと新しく接続した指の先を刺した。


 レオナが飛び上がった。彼女は目を見開き、口を少し開けて、自分の指を見つめた。そして指を動かしながら、何度も軽く触れていた。まずは薬指と親指を軽く合わせ、その後手を開き、最後に拳を握った。


「本当に戻ったんだ……。」


 レオナは呟いた。僕は彼女を無視して、チューチューに指示を出した。


「施術完了。チューチュー、片付けを頼む。」


 チューチューが工具を片付け始めるのを横目で見ながら、僕は足を組み、隣に置かれていたカップを手に取って一口飲んだ。


「本当に修復された!」


 突然、レオナが顔を赤らめながら僕にぐっと近づいてきた。僕は思わず後ろにのけぞり、カップの中の飲み物が少しこぼれた。彼女の緑の瞳が、一瞬で大きくなった。


「あんた、すごいわ!」


 レオナは僕の手を握り、上下に揺らし始めた。彼女は尖った歯を見せて笑った。チューチューは眉をひそめ、レオナの額を押さえて、彼女の顔を僕から遠ざけた。普通の会話距離に戻り、僕はほっと息をついた。


 満足そうに見えるレオナは、照明の下で自分の修復された指をじっと見つめた。それから僕に向き直り、左手を胸に当て、右手を差し出して軽く一礼した。


「お名前を伺っても?」


「僕はビージェーだよ。」


 レオナは僕の手の甲に軽く口づけした。


「この出会いに感謝します。あなたの道が人類の光に照らされるよう願っています。」


「君の道も光に照らされるように。そんなにかしこまらなくていいよ。」


 僕は苦笑した。


「せっかくの縁だし、外の話でも聞かせてくれないかい?些細なことでも、君自身の冒険譚でも構わない。僕は昔から、冒険者の話を聞くのが好きなんだ。」


「それなら問題ないさ。私の故郷はこの霧の国の北西、古戦場の砂漠だ。」


 気がつけば夜が更けていた。僕とチューチュー、そしてレオナは暖炉を囲んで座っていた。レオナは手を伸ばして、暖炉に映し出される仮想の火を弄びながら話し始めた。


「獣の国は氏族連合によって成り立っている国だ。長い生存争いの末に、さまざまな形態のケモノヒューマノイドたちが連合という形で統治の秩序を得たんだ。しかし、その秩序も今では崩壊寸前だ。」


「魔機の王の復活のせいですか?」と、チューチューが慎重に尋ねた。


「その通りだ、そういう噂がある。最近になって魔機が急激に増え、獣の国の辺境を圧迫し始めた。村々は襲われ、家畜は奪われ、放牧地は占領されている。弱い氏族はその圧力に耐えきれず、住み慣れた土地を捨てて流民となっている。今はまだ大きな氏族が秩序を保っているが、流民を受け入れるにも限界がある。」


 レオナは手に持ったコップを弄びながら、視線を水面に落とした。


「……昔から、各氏族は限られた資源でなんとか暮らしてきた。それでも糧を得られる土地が奪われ、状況は限界だ。このままでは、魔機の大軍が本格的に攻め込む前に、獣の国は内部の暴動で崩壊してしまうだろう。そんなこと、絶対に許せない。」


 レオナはコップの水を飲み干し、舌で唇を軽く湿らせた。


「百年以上も血で染められ、戦乱を繰り返した歴史を再び繰り返すわけにはいかない。魔機が私の故郷を踏みにじることも許さない。この世代で、混乱の元を必ず断つ。たとえ、どんなに険しい道であろうと、どれほど強大な敵がいようとも。」


 レオナは暖炉に向かって手を伸ばし、強く拳を握りしめた。


「私は戦う。根源を断ち切り、世界に平和を取り戻すんだ。」


「……なるほど。壮大で無謀な願いだな。」


 僕は彼女のその壮大な志にかすかな既視感を抱きながら、ただそう呟いた。レオナは笑みを浮かべた。


「その通りだ。皆、馬鹿げた目標だと言うよ。故郷の勇士たちはほとんど兄たちの指揮下で魔機の侵攻を防いでいて、私には指揮できる手勢がいない。だからここに来たんだ。選王祭に向けて戦利品を持ち帰り、私自身の勇士を募ろうと思ってね。」


「なるほど。」


「そういうことさ。兄たちの言葉には従わず、私は首都を後にした。冒険者たちが集まる辺境の都市に向かい、実績を積みながら仲間を探しているんだ。」


 レオナは声を上げて笑い、チューチューは神妙な表情でうなずいた。


「だが、縁というものは本当に面白いものだ。」


 レオナは口を大きく開け、鋭い犬歯を見せながら笑った。


「最初はただ新しいものを見つけようと冒険していたんだが、ここであんたたちのような強者に出会うとは思わなかった。」


 レオナは姿勢を正し、僕に向かって手を差し出した。暖炉の火が少し強くなり、レオナの背後に映る影が大きくなっていく。彼女の鋭い瞳が、火光に反射して輝いていた。


「どうだい?私と一緒に獣の国の辺境に向かい、魔機の大軍を突破して、魔都の核心まで進軍しないか?あんたの助力があれば、私は魔王の首を斬ることができるだろう。」


 チューチューは眉をひそめ、鋭くレオナを睨んだ。しかし、レオナはそのまま手を差し出したまま動かない。チューチューは次に僕に視線を向け、唇を噛みしめた。


 二人の視線を受けながら、僕はそっとシャオビンを一口食べ、服の上にこぼれたくずを拾い上げた。そして、少し考えながら、なるべくゆっくりとした口調で一字一句、はっきりと答えた。


「面白そうだね。でも、残念ながら僕は行けない。」


「そうか。」レオナは手を引き、微笑んだ。


「この場所に隠れているのには、何か理由があるんだろうな。今回はこれで保留にしておくが、あんたたちが考え直してくれることを願うよ。もし加わってくれれば、過去の勇者たちの物語に匹敵する、素晴らしい冒険になるだろう。」


「確かに、面白い冒険にはなりそうだ。」


 過去の記憶が胸に湧き上がるのを押さえ込みながら、僕は冷静を装っていたが、つい口を滑らせてしまった。


「でも、そんな旅は一度で十分だ。」


 レオナが不思議そうに僕を見つめたので、僕は急いで服に落ちたくずを払った。


 その後、僕たちはまた話し始めた。レオナが冒険中に経験した面白い話を語り、チューチューが少し常識を補足する。いつの間にか、夜は過ぎ去り、朝が訪れていた。


「では、また会おう!」


 朝霧が立ち込める中、レオナは笑いながら槍を肩にかけた。


「ビージェー!そしてメイド!選王祭はもうすぐだ。おかげで手足も無事に治ったし、体力も回復した。今度は良い獲物を見つけて持ち帰らなければならない!金貨は礼として全部あんたたちに残しておく!本当に感謝しているよ!」


「もしまた傷ついたら、戻っておいで。僕とチューチューがここで待っている。」


「ハハハ!そうさせてもらおう!次は仲間も連れてくるから、よろしく頼む!」


 レオナは僕たちに大きく手を振ったあと、霧の中へと大股で歩いていった。


「まったく、元気な人だな。」


「本当にそうですね。」


 レオナの背中が霧の中に消えていくのを見送りながら、僕は大きなあくびをし、のびをした。


「さてと。そろそろもう一眠りしようか。」

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