第2話

 人類が完璧な生物となり、種としての進化を遂げてから、たぶん二、三世紀が経っただろう。


 たぶん、と言うのは、僕が日数を数えなくなって久しいからだ。貨物の納期やいろんな記念日も、すべてチューチューに任せている。


 この、長いと表現していいかもしれない年月の間、忘れられない出会いがいくつかあるものだ。中でも、レオナの名前は、確実にそのリストに入っているだろう。


 レオナのことを語るなら、それは数日前に遡ることになる。


 いつもの朝、僕は真っ白な部屋に立っていた。


 ホルマリンと機油の匂いが鼻をつく。そんな匂いを遮るために、僕は顎に掛けていたマスクを引き上げた。手術着を身に包んでいても、天井から吹き降ろす冷気が布を貫いて肌に触れるのを感じる。天井の光に照らされて、部屋にはほとんど影も埃もなかった。手術用の器具が緑色の布を敷かれた台の上に並べられ、銀色の金属の光を反射している。


 僕は手袋をはめて、部屋の中央にあるビニールシートがかけられた解剖台に近づいた。


 ビニールシートの端をそっと持ち上げると、擦り切れた指先を持つ細い手が垂れ下がっていた。その手を慎重に解剖台に戻し、僕はシート全体を取り去った。


 その下にあったのは、少年型の残骸だった。


 閉じられた瞳、色褪せた金髪、蝋のように白い肌。胸には大きな穴が開いており、そこから見えるのは金属の破片と断裂した配線だ。胸の穴の縁には、凝固した暗赤色の循環液が涙のように垂れていた。


 僕が指を弾くと、浮遊する球形ドローンが僕のそばにやってきた。両手の親指と人差し指で写真を撮るような仕草をし、目の前の少年型残骸の胸の穴に焦点を合わせた。


「記録。サンプルはハーフリングヒューマノイド、男性型、稼働時間はおそらく15年ほど。発見場所は中央公園の下水道システム。」


 残骸を計測しながら、僕はつぶやいた。


「胸の循環ポンプが破壊されている。ドローンの機銃によるものと推定。その他の損傷は見当たらない。循環液が枯渇したため、複数の器官が故障して停止した。」


 僕は残骸の顎を動かし、首の後ろを確認した。そして、腕を軽くつかんで皮膚の下の筋肉を確かめた。


「一般的な識別バーコードは見当たらない。おそらく辺境で自作された未登録機体だろう。この残骸と共に皮革の鎧と小剣が発見されたが、もともとは農業用の機体だったはず。高性能な筋繊維や神経束は期待できない。一般的なパーツとしてしか使えないな。修復のコストパフォーマンスを考えると……」


 頭の中で素早く計算し、僕はため息をついた。


「修復する価値はない。循環ポンプという一番高価な部分が完全に消失している。新しいものに交換すると、在庫パーツのコストが元の機体の評価額を30%以上超える。廃棄して分解するほうが合理的だ。」


 僕はドローンを停止させ、扉に向かって叫んだ。


「チューチュー!」


 返事はない。僕は再び声を張り上げた。


「チュ!チュー!早く来て!」


 作業室のドアランプが消え、扉が素早く左に滑り開くと、チューチューが現れた。彼女は端正な姿勢で一礼し、作業室に足を踏み入れ、皮肉な笑みを浮かべた。


「また飽きちゃいましたか、ビージェー様?今度こそいい知らせがあるのでしょうね?」


「悪くはないが、やっぱり修復する価値はない。分解するぞ。」


「あら。せっかくチューチューが命懸けで見つけてきたのに、分解だなんて。」


 僕は目を剥いた。


「修復の価値がないものは、分解してパーツにする。それが僕たちの原則だろう。それは君が一番よく知ってるはず。」


 チューチューのため息を無視し、僕は解剖台のそばにある切断工具を手に取った。工具の先端を残骸の肩関節に当て、力を入れてねじ込む。ガチンという音とともに、残骸の左腕が外れた。


 同じ要領で右腕も取り外した。先ほどまでぼやいていたチューチューは、無言で外されたパーツを受け取った。


「外したパーツは急いで分解しなくていい。」


 僕はチューチューに命じた。


「保存液に浸けておけ。ああ、そうだ。脊髄の神経束は凍結しなくていい。あとで別の修復に使うかもしれないから。あと、ローターの部分も開けておいてくれ。膝関節のパーツも保存液に入れておけ。」


 残骸を一つ一つ分解していき、最後に頭部だけが残った。チューチューは残骸の頭頂部から慎重に一つの銀白色の結晶体を取り出した。


「ビージェー様、すべて分類が完了しました。メモリの処理はどういたしましょうか?」


「廃棄しろ。」


 僕はためらうことなく言った。


「長い時間が経っているし、適切な保存もされていない。構造はすでに劣化している。僕たちには価値がない。」


「かしこまりました。」


 少し寂しそうに、チューチューはうなずいた。彼女は解剖台に残ったものを黒い廃棄用の袋にまとめて放り込んだ。


 作業室の清掃はチューチューに任せ、僕はさっき外した神経繊維を持って別の作業場へ向かった。


 そこには大小さまざまな培養槽、保存タンク、そして棺が並んでいた。広大なスペースには、肢体、臓器などのパーツが数多く収められている。すべての素材は真空パックされるか、培養液に浸されていた。


 作業台には一本の断ち切られた腕が置かれていた。内側が大きく開かれており、金属製の筋肉と配線が露出している。ピンセットで中を探ると、すぐに断裂点を見つけた。僕は切断された神経線を引き出し、コネクタを取り付け、新しい神経繊維と接続した。


 針で断ち切られた腕の手のひらを刺すと、モニターに正しい波形が表示された。それを確認した後、僕はホチキスで皮膚を縫合し、生体接着剤を塗ってドライヤーで乾かした。


 僕は液晶モニターを操作し、五本の指が僕の命令に従って順に曲がるのを確認した。最後に拳をしっかりと握らせてから開放し、すべてが正常に作動しているのを確かめると、僕はその腕を保存液の箱に浸し、密封した。


 僕は再びチューチューを急かす。


「チューチュー!早くその部品を保管庫に入れてくれ!朝ごはんが食べたいんだ!」


「ビージェー様、いつもながら本当に人使いが荒いですね。」


 チューチューは大量のパーツを手に持ちながら保管庫に向かった。彼女は「よいしょ」と一息ついてパーツを置き、手のジェスチャーで天井のアームを操作し、正しい位置にパーツを吊り下げた。


「今日は何を食べる?」


 僕はチューチューに尋ねた。


「いつも通り、シャオビンとヨウティアオ。それに豆乳。」


 それを聞いた僕は思わず眉をひそめた。


「また炭水化物ばっかりかよ。」


「わがままを言わないでください。この廃墟の街で食材を手に入れるのは簡単じゃないんです。チューチューが用意できるものは、せいぜいこれくらいなんですよ。他に食べたいものがあれば、自分で取引して調達してください。」


「……むぅ。」


 僕はしばし言葉を失った。チューチューは僕の手を取って微笑んだ。その微笑みはかすかで、見えないほどのものだった。


「さあ、朝食を食べに行きましょう、ビージェー様。」


 チューチューに導かれて、僕は作業エリアから生活エリアへと歩みを進めた。


 作業エリアの冷たい空気とは対照的に、生活エリアは心地よい温かみのある灯りで照らされていた。


 家具やテーブルは貴重な旧時代の木材で作られており、どこか昔のバーを思わせるような雰囲気だった。壁に埋め込まれた暖炉には、仮想の炎が揺らめき、薪が燃える音がかすかに流れていた。


 僕はカウンターに腰を下ろし、チューチューは僕の前に皿を置いた。僕たちは向かい合って座る。


 スプーンで皿の中身をかき混ぜ、それを口に運んだ。


 数回噛んでから、僕は横に置かれた乳白色の液体が入ったカップを手に取り、一口飲んだ。


「……専属の料理人が欲しいな。」


 チューチューは目を細めた。


「苦労して作っている人間の前でそんなことを言うとは、ビージェー様も大胆ですね。」


「そうじゃないんだ。」


 僕は弁解した。


「ほら、なんていうか、チューチューは僕の作業アシスタントだろ?最近、仕事が多すぎるんじゃないかって思うんだ。警備から手術のサポートまで、全部チューチューがやってる。もし食材調達を専門にやってくれる人がいたら、少し負担が減るんじゃないかと思って。」


 チューチューは僕の説明に鋭い視線を投げかけたが、僕はさらに説明を続けた。


「食材を安定して確保するには、今のところ水栽培が唯一の供給源なんだ。それが一つしかないだろ?もっと拡張して、旧時代の果物でも栽培できたらいいなと思ってさ。専属の人がいれば、みんなもう少し楽になるんじゃないか……みたいな?」


「ふーん?そうですか」


 チューチューはシャオビンに一口かじり、優雅にナプキンで口元のくずを拭った。その途中で、彼女の動きがピタリと止まった。長い耳が上下に動き、彼女の鋭い目はドアの方をじっと見つめていた。


「ちょっと待ってください。知らない客が来たみたいです。」


 チューチューは手を剣の柄に置いて立ち上がった。自然な姿勢を保ちながらも、長年彼女を見てきた僕には、すでに完全に戦闘態勢に入っていることが分かる。


 僕も思わず視線をドアに向け、ゴクリと唾を飲み込んだ。


 チリンチリン。鈴の音とともに、ドアが開いた。


 現れたのは、褐色の肌をした女性だった。


 彼女は背が高い。チューチューとほぼ同じくらいかもしれない。


 その女性は波打つ赤い髪を持ち、鋭い目つきと野性的な美貌を持っていた。彼女の頭には、ネコ科の動物のような耳がピンと立っている。彼女は革で作られた防具を身にまとい、豊満な胸元が少し開いている。手には槍を握っていた。


 僕は思わずその槍の冷たい輝きに目を留めた。


「っ!」


 僕が反応する間もなく、チューチューがすでに飛び出していた。


 稲妻のように、抜かれた剣がケモノヒューマノイドに襲いかかった。


 カキーン!金属同士がぶつかり合う甲高い音が響いた。ケモノヒューマノイド女性は素早く槍を構え、柄の中ほどでその一撃を受け止めた。


 チューチューは剣を引き戻し、再び突きを繰り出す体勢に入った。


「チューチュー!やめろ!」


 僕が叫ぶと、長耳のメイドの肩が一瞬震え、動きが止まった。僕が制止した直後、ケモノヒューマノイドはガクガクと膝をつき、地面に跪いた。


「私は、敵意はない。」


 乾いた声で、女性が言った。


「食べ物と、水をくれ。」


 そう言うと、彼女はその場に大の字で倒れ込んだ。

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