第9話

 綺麗な桃色の髪に巫女服。そしてウチを探すようにキョロキョロと困った表情で立っているその姿は、ウチを見つけた途端とたんににっこりと笑っては大きく手を振っては名前を呼んだ。

「秋楽様〜!」

 嬉しいような、恥ずかしいような、そんな気持ちが二つあってウチは顔を覆う。

 超恥ずかしいから。みんなにウチの姿なんて見てほしくないから。

「知り合いっすか?」

 顔が熱い。とにかく熱い。秋なのに夏に感じる。

「……とりあえず下ろして」

 騒がしい人混みは一瞬で静かになり、今度はヒソヒソと何かを話す声が聞こえてくる。ウチは急足で人混みをかけ分けては急いで横断歩道を渡って、桜狐ちゃんを連れて帰る。

 恥ずかしさが熱になって体の体温がぐっと上がった。

「秋楽様?」

「え、あ、な、何?」

「いえ、先ほどからお名前を呼んでも一切返事が返って来ませんので……その、気にさわってしまったのかと……」

「そーいうのじゃなくてさ……嬉しいんだけど、ウチもそんなちっちゃい子じゃないし……お迎えは嬉しいんだけど……」

「なんなりと申してください」

 確かにあの人だかりの中、視線を浴びながら帰るのは恥ずかしかった。でも同時に特別感があって嬉しかった。少しだけね。ウチはこの事を恥ずかしいからと怒るべきか、嬉しかったと喜ぶべきか迷っている。

「まって。なんで桜狐ちゃんの姿がみんなに見えてるの?!」

「それは私が人間に化けているからです。見てください! この女子の姿は完璧でしょう!」

 そう言ってウチの前に立ってクルクルと回って見せてくれた。清楚な白髪はくはつ姫カットにいつも通りの巫女服。狐の耳やふわふわな二つの尻尾もない。桜色の瞳がウチをじっと見つめる。

 多分これ、感想待ちだ。

「うん、超可愛いーよ。似合ってる。でもさ、一つだけ言わせて」

「なんなりと」

「出迎えはちょっと恥ずい。ウチ、もうそんな子供じゃないし……」

「そ、そんな……! 秋楽様に何かあってからでは遅いのですよ!」

「大袈裟だな〜」

「本当なのですよ。私が差し上げたお守りを強く握っておられた時がありました。つまり、秋楽様にとってがあった証拠でございます」

 ビシッと言われてからウチは思い出した。授業中に遭遇した幽霊のことを。

「私と出会う前までは、そのような事で悩まされていたのではないかと、お会いしたあの時に思ったのです。境内けいだいに入られた時、とても周りを見られておりました」

 ウチが無意識にしていた癖を、桜狐ちゃんは見て知った。

「お守りを渡したのは気休め程度ではありますが、秋楽様はまだ学生ゆえ、楽しみたいこともあるでしょう? そのような思い出を霊障れいしょうで汚したくはないのです」

 桜狐ちゃんはそう言うとウチに近いて手を包むように握ってくれる。桜狐ちゃんの表情はとても優しくて、いざ目が合うと照れ臭さを感じる。

「好いた人の安然あんねんを願う事は当然ですから」

「うれしーけどさ、もうそんな子供じゃない。桜狐ちゃん、ウチのこと赤ちゃんか何かと思ってる?」

 照れ臭いを通り越して恥ずかしい。

 今すぐ逃げ出したい気分だし、体がぐわっと熱くなる。

「そうですね……今は華奢で愛らしい姿ではございますが、私も一応男ですから。妻を守りたいと想う本能ですね」

 恥ずかしい。居ても立っても居られないくらいに!

 ウチはとにかく走った。走って、走って、とにかく走る。

 だって、あんなに沢山、ウチに対して思ってる気持ちをまっすぐ言われたら、照れて何も言えなくなっちゃう。それで、気まずくて逃げ出したくなる。

 今がまさにそれで走り出してる。

 後ろから草履の音が聞こえる。呼ばれてる気がするけど、今は顔なんて見れない。桜狐ちゃんが言ってくれてる間も、顔見れなくて下向いてたし。

「お待ち下さいませ! 秋楽様!」

 ウチが神社に着くまで追いかけっこは続いていた。


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秘めごと婚姻譚 カイ猫 @BlueFishCat

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