第6話

「妖怪ではありますが、決して秋楽様に危害を加えません。わたくしは秋楽様を守る為に、仙狐せんこになりましたから」

「せんこ?」

「狐の姿をした妖怪を妖狐ようこと言うのですが、年月を重ねるといずれ神になる事が出来ます。私はその中で神の使いにあたる地位ちいにいます。それを仙狐と呼びます」

「つまり、お偉い狐さんなの?」

「そうです。偉い狐さんですが、わたくしは秋楽様と対等たいとうな立場でいたいのでいつも通りに接して下さいね」

 そう言って桜狐ちゃんはにっこり笑うと、くるっと回っては歩き出した。

「でも、なんでそんなにお偉い狐さんがウチなんかと、婚約しようって思ったの?」

「『ウチなんか』などと、ご自身を下げる発言はしないで下さい。わたくしが仙狐になったのは……秋楽様に安心して欲しいからでございます」

「今でも、安心できてるよ? 一応」

「秋楽様のそばを安心させたいのです。例えそれが難儀なんぎな事でも。わたくしはこう見えて、世話焼きですから」

 前を向きながらそう言う桜狐ちゃんだった。

「こちらが寝室になります。お荷物もここに置いてあります」

「ありがとう……そうだ、桜狐ちゃんはどこで寝るの?」

「わたくしはお隣の部屋にいます。何かあれば遠慮えんりょなくたづねて下さいね」

「そっか……一緒に寝るのはまずいもんね」

「い、一緒に!? だ、駄目です! 絶対にいけません!」

 ウチがなんとなく言った言葉に桜狐ちゃんは顔を真っ赤にして声を上げた。

「ご、ごめん! 冗談だって!」

「じょ、冗談とは言えこのようなたわむごとは控えて下さいまし……!」

「はーい……」

「こう見えてもわたくし、男なのですから。異性の前でそのような発言は心臓に悪いのですよ……まったく」

 自分を男と言った桜狐ちゃん。だけど、手も顔も喉を見ても女の子だった。

「そ、それは……秋楽様は可憐かれんなものがお好きだと聞きましたので……こうして姿を女子に変えているのです。とにかく、今夜はお疲れでしょうから、お休みになって下さい!」

「ま、待って! 桜狐ちゃ……閉められた」

 ピシャリと閉じられた襖。聞きたい事は沢山あったけどそれは明日になれば聞けるかも。用意された布団に入って目を閉じる。

 何も聞こえない静かな空間なおかげですんなりと寝れた。

 目覚ましをかけずにすんなり起きれたのは初めてな気がする。眩しさを感じて体を起こした。今は何時なんだろうか、そう思ってウチは充電器からスマホを外した。

 時刻は六時過ぎ。早起きにはいい時間でしょ。布団の上でぼんやりしていると、襖の開く音が聞こえた。

 振り返ると桜狐ちゃんがいた。巫女服の上から昭和のお母さんが着けてるエプロン姿で。

「おはようございます。良く眠れましたか?」

 桜狐ちゃんの笑顔は見ていてこそばゆい感じだった。

「おはよう……うん、良く寝れたよ」

「それはよかったです。朝食を用意しましたので、案内しますね」

 連れて行かれて座らされた。目の前にはご飯にお味噌汁、卵焼きに焼き魚と最後にお漬物。ほのかに湯気が立っている。ウチがいただきますと言うと、桜狐ちゃんも後に続いて言う。前の家とは違う豪華な朝ごはん。

 わざわざ早起きして、コンビニで買って学校で食べるのとは全く違う。

「おいしいね、ご飯」

「本当ですか? 嬉しいです」

 朝ごはんを食べ終わり、制服に着替えて荷物を持てば桜狐ちゃんが布に包まれた物を手渡してくれた。

「こちらをどうぞ」

「なにこれ?」

「お弁当です。学校に行かれる際には必要な物だと、お聞きしましたので」

 淡いピンク色に桜の花弁が散りばめられた包みを受け取る。

「ウチ、お弁当初めてだ……」

「そうなのですか?」

「うん。親、忙しかったし。ありがとう。ちょー嬉しい」

 桜狐ちゃんと住み始めて二日。

 桜狐ちゃんの行動一つ一つに、ウチは感動していた。

「近くまでお見送りさせてくださいまし」

「え、いいよ。一人で行けるって」

「道中は危ないのですよ。では行きますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る