第5話

 家での食事がここまで楽しいとは思わなかった。今までは変な声とか幽霊とかがいて、居心地が悪かった。けどここはそんな事もない。家族のことは悲しいけど、時間が解決してくれるとウチは信じる。優しい頃の記憶あったし、ちゃんとね。

「桜狐ちゃんって呼んでもいーい?」

「構いませんが、わたくしには少々可愛げが有り余るというか……」

「いいじゃん。ウチ可愛いの大好きだし。あ、嫌だった?」

「い、いえ!」

「やったね」

 後片付けをする桜狐ちゃんの姿を見ていると、ウチも何か手伝えないか立ち上がってタイミングを見て声をかけた。

「ウチも手伝うよ」

「ありがとうございます。ですが、ここに来てまだ初日ですからゆっくりして下さい」

「でもさっき爆睡ばくすいしちゃってさ、めっちゃ元気なんだよね」

「なら湯浴ゆあみしますか?」

「湯浴み?」

「あ、お風呂の事です。流石に言い方が古過ぎましたね」

 そんな風に言う桜狐ちゃんを見ると、人間ではないんだなと思う。

 元々見た目的も人じゃないのは確かなんだけど。凄く体調が良くなった今なら分かる。妖怪とか幽霊で感じる不愉快感は無い。この安心感の正体は桜狐ちゃんと関係しているんだろうけど、家族とか友達とは近くて少しだけ違う。

「ここのお風呂って、まきとかでかすあれ?」

「そこまで古くはありませんよ。何しろ、近場に天然のものがございますから」

「てんねん……?」

 桜狐ちゃんから渡された風呂桶ふろおけを持っては、母屋から出て灯篭とうろうがある道を歩いている。スポットライトに照らされてないのに、なぜか光って見える桜の木々を見ながら歩いていると、止まっていた桜狐ちゃんに気付かないでぶつかった。

「あ、秋楽様!? すみません! お怪我あの方はございませんか?」

「ご、ごめん……桜に見惚れてた。怪我は平気」

「灯りがあるとて、夜道は危ないのですから」

「気をつけまーす」

 ウチがそう言うと、桜狐ちゃんは安心した表情を見せてお風呂に案内してくれた。白い煙が立ち込めていて全く見えないから煙を追い払うように腕を動かすと、曇っていた視界が晴れていく。

「お、温泉だ!」

 桜の花弁が浮いた天然の温泉がそこにはあって、少し離れたところには脱衣所がある。

「凄いよ! 旅館みたい!」

「気に入っていただいて嬉しいです。今日は来て初日ですから、ゆっくりして下さいね」

「あれ、桜狐ちゃんは一緒に入らないの?」

「い、一緒に!? そ、そんな……わ、わたくし達は確かに許婚いいなずけの関係ではありますが……式だって挙げていませんのに……」

 ウチの発言を聞いた桜狐ちゃんは真っ赤になった顔を隠し、大きな狐耳をペタンと閉じて恥ずかしがってしまった。

 会って一日目でグイグイ距離を詰め過ぎちゃった。こればかりはウチが悪い。

「ごめん。あんまし仲良くないのに誘っちゃって。の女の子の見た目してるけど、妖怪さんにも恥ずかしい気持ちあるもんね」

「い、いえ! 嬉しいのは本当なのです。大胆だいたんな事をおっしゃるので驚いただけですゆえ……ですが、秋楽様から見ればちゃんと女子おなごとして見えている様で安心しました」

「安心って?」

「なんでもございません。ささ、疲れを癒してください」

 そう言いながらウチに対して温泉に入るように進めて、そそくさと帰った。取り残されたウチは妙に落ち着く静けさを感じながら温泉に入った。

 中学の修学旅行以来な気がする。あの時は「外にある風呂に浸かって何が良いんだろう」とは思っていたけど、今ならちょっぴりわかる気がする。この光ってる桜の木はいくら眺めても飽きない。

「なんかおばあちゃんみたいな思考してた……上がろ」

 お風呂にしては大きくて贅沢な気がするけど、これから毎日入れると考えたら、ウチはもしかしたら凄い所に来てしまったのかもしれない。

「桜狐ちゃ〜ん? あれ、いない?」

 桜狐ちゃんの姿はなく辺りを見渡して探していると、足元から甲高いかんだかい鳴き声が聞こえて下を向くと小狐こぎつねが一匹そこにいた。

 ウチの足元をクルクル回った後に走り出してはこっちを向いて『ついてこないの?』と言わんばかりの視線を感じたので、ウチが小狐の後をついていくと、見覚えのある自分の家があった。

「もしかしてウチを案内してくれたの?」

 コンッとその小狐は鳴いた。

「狐ってマジでコンコンって鳴くんだね〜」

 感心していると扉が開く音と共に桜狐ちゃんが出てきた。

湯浴みはどうでしたか、秋楽様」

「めっちゃ良かったよ〜 あんなおっきい温泉初めてだったし!」

「ご満足されて嬉しい限りです。お身体が冷えたら大変ですから、中へ入って下さい」

 寝室まで案内してもらっている時に桜狐ちゃんに聞いた。

「さっきの小狐はどっから来たの?」

「近くに狐達が住まう場所がありまして、そこからたまにやって来る小狐でございます」

 ウチの前を歩く桜狐ちゃんの二本の立派でふわふわの尻尾が揺れている。

「桜狐ちゃんって妖怪なの?」

 立ち止まってこっちを向く桜狐ちゃん。

 夜の薄暗い廊下でウチらは向き合っていた。

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