第4話

「お荷物運びますね」

「え、あ、重いから良いよ!」

「御安心ください! わたくし、これでも結構力持ちですから!」

 悲しい気持ちを誤魔化そうとして、歩く事に集中する。

「秋楽様? どうかなされましたか?」

「う、ううん! なんでもないよ!」

 ウチ、今怖い顔してたかな。

「そうですか。もう少しで母屋もやに着きますよ」

「もや?」

本殿ほんでんから少し離れた建物でございます。主にわたくし達が住む場所でございますね」

「へぇ〜」

 今思えば、婚約者らしい桜狐ちゃんって人間んじゃない気がする。ウチ以外の家族はみんな幽霊とか妖怪は見れないはずなのに。桜狐ちゃんの後ろ姿を見た時、腰の辺りから髪色と同じ尻尾が二つ生えていた。見るからに「超ふわふわ!」って感じ。

 父親からあんな悲しい事を言われたはずなのに、なぜか涙は出て来なかった。

 酷く傷付いたのは本当だけど、あの時に『嗚呼、やっぱりいらなくなっちゃんだんだ』って冷静に思っている心もあった。

 ウチは本当に家族とまた仲良く出来るって思っているのに、あっさりと受け止めてしまった様な気がして分からない。

「あちらでございます」

そこには立派な日本家屋の建物があった。そこだけ時代の流れが違うんじゃないかと思うくらい、古風な雰囲気だけど掃除をちゃんとしているのか凄く綺麗な場所だった。

「これがウチらの家?」

「はい。道が入り組んでいますので、わたくしが送迎そうげいしますね」

「えっと、送り迎えって意味で合ってる?」

「はい。……すみません、秋楽様かすればわたくしの言葉は少々古いですね」

「ううん! 全然平気! ウチちょっとバカだからさ。嬉しい。これだったら帰る時憂鬱にならなくて済むね」

「憂鬱、ですか?」

 桜狐ちゃんが不思議そうに首を傾げれば、頭の耳がピクピクっと動いていた。

 やっぱり、人間じゃないよね。でも一緒にいると凄く安心するのは何でだろう。ウチがあまりにも見慣れすぎたとかかな。

「えーと、気にする事じゃないよ」

 玄関に入って最初に思ったのは、前の家と違う畳が多いこの家は、なんだか居心地が良かった。

「なんか、初めて来た感覚しないな。変なの」

 少しだけ探索した後に風通しがいい部屋でくつろぐと、徹夜の疲れとかその他の疲労が全部来て眠たくなった。この春みたいな暖かさと、桜の匂いとたまに吹く春風が心地いい。

 桜狐ちゃんは何かやる事があるのか、別れてからそれっきり。寝っ転がると目を開ける事すら億劫おっくうで、そのまま寝た。前にいた家よりも、断然過ごしやすくて居心地の良い理由はなんだろうか。

 そして久しぶりに、ウチは懐かしい夢を見た。顔と声を忘れてしまった叔父さんの夢だった。なんだかんだ叔父さんが一番、ウチの事を気にかけてくれたと思う。幽霊と妖怪の接し方とか対処法を教えてくれて。

 それで、なんで死んじゃったんだっけ。

 起き上がると既に夕方で、オレンジ色の夕日がピンク色の桜を照らしていた。

「随分とお疲れのようでしたね」

 そんな声が聞こえて目を覚まして起き上がる。

 目の前に美味しそうなご飯が置かれた。和食が中心でどれも美味しそうだし、出来立てなのか湯気が立っている。

「美味しそう……」

「ちゃんと修行も積みましたので味は保証しますよ!」

「……一緒に食べてくれるの?」

 ピンク色の目がパッと開いて、その後照れ臭そうに微笑みながら言う。

「お慕いしていた方と、食事をするのが夢だったのです。ご迷惑でしたか?」

「ち、違うよ!? ただ、嬉しいなって……思った」

「そうなのですね。わたくしも、同じ気持ちでございます」

 恋する乙女という言葉がぴったり似合うくらいのその姿を見た。

 でも、なんだか恥ずかしくて目を逸らしてしまった。

「いただきます」

「……いただきます」

 箸を取って近くにあった肉じゃがに手を伸ばした。

 それを箸ですくって食べる。物凄く熱かった。ウチが思っていた以上に熱すぎた。

「大丈夫ですか!?」

「へ、へいひ……」

 冷まして食べなかったウチが悪いのは分かるけど、出来立てのご飯ってこんなに熱いんだ。いつも食べるご飯は冷めていたのを温めるだけで、ここまで熱々じゃ無かったな。

 それにものすごく美味しい。桜狐ちゃんの料理。優しい味だ。

 母親の料理も美味しかったけど、いつも冷めたな。

熱々で美味しいねぇ」

「ほ、本当ですか! わたくし、とても嬉しいです!」

「会って初日だよ? ウチより桜狐の方が凄いって」

「そこまで褒められるとわたくしが照れてしまいますので、おやめ下さいまし」

 真っ白な頬が桜色に染まって、目線がキョロキョロと動き、顔は袖で隠されてしまった。

「可愛いねぇ〜」

揶揄からかわないでください……」

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