第3話
「準備は出来ているな。下に来なさい」
軽いノックの後、父親はそういうと下に降りて行く。
「こんな時くらい荷物持ってくれても良いじゃん」
文句を言ったって何も変わらないから、部屋の鍵を開けて荷物を両手に抱えて階段を降りる。一段一段、転ばないように踏み締めて降りて行く。徹夜のせいで足が重い。
「ねぇ、今から何処に行くの?」
「神社だ」
「え、なんで? ウチ修行するの?」
「
「こ、こんやくしゃ? 父さんの?」
「断じて違う。お前の婚約者だ」
思わず持っていた荷物を落とした。
「ウチって実はとんでもない立派な家なの?」
「いいから早く荷物を車に運べ」
「学生なのに、結婚して良いもんなの?」
訳が分からなくて、理由を聞いてもはぐらかされて、最終的には無視された。父親が運転する車の中で考えるけど、空腹と眠さで何も考えつかない。気晴らしに窓の外を見ると、たまに見える幽霊の姿に
「ついたぞ」
半分寝ていた意識がハッキリする。
車から降りると、砂利の地面と澄んだ空気を感じた。住宅街からだいぶ離れた場所なのかもしれない。見た事がない景色に、ウチが辺りを見渡していると父親は何も言わず歩いて行くので、慌てて追いかける。
大きな鳥居を見上げると、御縁と書かれた文字に目が入った。たまたまウチの苗字と一緒の神社なんてあるんだ。父親が鳥居の前でお辞儀をするので、ウチも釣られてお辞儀をした。日陰が多い長い石階段で肌寒いし、落ち葉が階段に散らばっていた。
ウチが足を一歩踏み出すと、ふんわりと優しい風が吹いてきて目を瞑った。暖かくて花の香りがする。さっきの雰囲気から全然予想も出来ない、温かい日差しに頬を撫でるような風。神社全体がまるでウチを
ゆっくりと目を開くと、日の光を覆い尽くすように生えている木も無ければ、落ち葉が散らばった階段も無い。視界に広がる沢山のピンク色。立ち尽くしちゃうくらい、桜の木が生えていて、落ち葉の代わりに桜の花弁が落ちている。
「今って、秋だよね?」
返事の代わりに父さんの足音だけが聞こえてきた。
「父さんは何か知らないの?」
「何も知らん」
そんな風に言わなくても良いじゃん。
階段を上りきって、道の真ん中を歩く父親をウチは端によって後ろから歩く。
暫く歩いていると開けた場所に出た。そこに一人だけ、ぽつんと立っている。
「あれがお前の婚約者だ」
父親に言われてその人をじっくりと見つめた。
真っ白で毛先が黒いロングヘアーに頭には耳が付いている。猫耳じゃ無い、別の動物の耳。そして巫女服。ウチと同じぐらいの身長。そして、周りで咲いている桜と同じ色の目がずっとこちらを見ているのに気が付いた。
その不思議な子はウチと目が合うと、優しく微笑んで笑う。狐みたいな可愛い笑顔だった。
「お待ちしておりました。あなた様が
「は、はい……そーです」
お
何より近くで見ると、本当に可愛い。ウチが好む可愛さを持っている不思議な女の子。
「わたくしは
礼儀正しい挨拶と
「わたくしの事はお好きにお呼び下さい、
「え、あ、はい!」
「わたくしは婚約者ですから、敬語は
優しい微笑みの表情でそう言う桜狐という婚約者。すると、父親が咳払いをした。
「これから一生、ここで暮らして貰う。金銭面は心配するな、卒業するまでは面倒を見る。だが、卒業以降は面倒は見ない。自分で何とかしろ」
「え……どういう事? もう、二度と帰ってくるなって意味?」
「そういう事だ」
それだけ言うと歩いて戻って行った。
ひどく胸を締め付けられる感覚で頭の中はかろうじて動くけど、これってつまり、ウチはたった今、婚約者の目の前で父親に捨てられた事になる。
沈黙の空気で首を締め付けられた。遠のいていく父親の姿。追いかけられる筈なのに、足は全く動かない。
「秋楽様、大丈夫ですよ。
婚約者の桜狐ちゃんに手を優しく握られて、意識が戻る。
「ご、ごめんね! ウチの父親さ、ちょっと厳しい人なだけだから、気にしないで!」
なんとか笑顔を作ってウチは自分の気持ちを、今にも泣き出しそうな気持ちを誤魔化すように言った。
いつかは昔のように戻ると信じていた希望が今ここで崩れた瞬間だった。
秘めごと婚姻譚 カイ猫 @BlueFishCat
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。秘めごと婚姻譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます