第2話

「今すぐこの家から出て行く準備をしろ。明日までだ」

「え?」

 前言撤回ぜんげんてっかい。ウチって、本当にこの家から要らない存在っぽい。

「明日の昼までには出て行ってもらう」

「な、なにそれ……が、学校は?」

「学業に支障がない程度の距離だ」

「そ、そんな話……前もって言ってくれたっていいじゃん!」

「叫ぶのをやめなさい。みっともない」

「母さんもなんか言ってよ!」

 ウチはきっと、父親の中で『娘』だとは思われていない。それを理解しちゃった瞬間だった。リビングに居る母親に視線を送っても、目を逸らされた挙句あげくそのまま二階へ行ってしまった。

「午前中に出て行ってもらう」

「少しはウチの話を聞いても良いじゃん!」

「お前に拒否権きょひけんなどない。育てて貰った恩返しだと思え」

「叔父さんが、ウチなんかしたの?」

「早く荷物をまとめなさい」

 それだけ言って、母親の後を追うように二階に姿を消した父親だった。

 思考が追いつかないって、きっと今このことなんだろう。

 マジで何も考えられない。頭の中は『ウチ、何も悪くないじゃん』って事ばかり。心当たりがないし、理不尽すぎる。

「お腹減った」

 胃が空っぽの音を聞いて我に帰り、冷蔵庫に置かれているご飯を取り出して、レンジの中で回るご飯を静かに見つめた。きっと、部屋にある荷物を全部は持っていけない。残りの物は捨てられるか、妹のお下がりになるのかも。

「教科書、置き勉しといて正解だったな」

 食べ終えた食器をシンクに置いて、二階にあるウチの部屋に戻る。途中話し声が聞こえたけど、それが親の声なのか幽霊の声なのかはわからなかった。何も聞きたくなかったウチは、早足で部屋に戻って鍵をかけた。

 手に持っていた荷物を投げ捨ててベッドに飛び込む。天井を見つめていると時計が動く音が大きく響いている。ベッドから起き上がって、カバンに入れたスマホを取り出して、電源を入れるとゲームの通知しか表示されなかった。

 ぶっちゃけ、今誰かしらメッセージ飛んできても返信する気力無い。

 時間はすでに八時過ぎ。

 こういう時だけ時間の流れが早いのムカつく。

「全部持っていきたいな……でも、あの父親の事だから荷物少ない方がいいよね」

 家族の思い出を取るか、友達との思い出を取るか。

 正直、どっちも同じくらい大切で、選べられない。断捨離だんしゃりってこんなに辛いんだ。

「後で隠して、こっそり持っていくのもありじゃね? あ、でも、そんなに時間無いか」

 ふわふわのホワイトカーペットの上を歩いて、クローゼットを開いたら大きなカバンが二つあるからそれを引っ張り出す。パステルカラーの汚れひとつない、可愛いカバン。動物とかスイーツとかのバックチャームかついている。

 流石さすがに幼過おさなすぎるから外そう。

 それか妹にあげてもいいかも。

 いや、気まずいからやめておこう。

「服はどうしようかな。そもそも、何処どこに行くのか聞いてないや」

 ベッドの上に広げられた服達を見つめて悩んだ。行く場所がわからないと、どんな服を持って行けばいいのか分からない。父親に聞こうか迷ったけどやめた。母親も考えたけど、どうせ父親が口止めしているに違いない。

「可愛くて動きやすい服だけ持って行こ」

 頭の中で響く人間じゃ無い声を無視しながら、ウチは徹夜で荷造にづくりを終わらせた。中学の部活の思い出が詰まった物とか、数少ない家族の思い出の物とかが出てきて超大変だった。

 特に叔父さんから貰った物は捨てたくなかったから、無理やり詰めた。大きい物しか残っていないウチの部屋は、まるで大掃除したような綺麗さで、なんとなくだけど二度とこの家に帰れないんじゃ無いだろうかって思っている。

 ウチがこだわってレイアウトしたこのベッドも、今日でおさらばになる。白色とピンクの可愛いお姫様みたいな天蓋付てんがいつきベッドの周りには、色んな動物の人形が置いている。お気に入りの子だけ荷物に詰めたけど。

 真っ暗な空は少しずつ明るくなっていく。すごく良い天気になりそうで、これからの事を考えると憂鬱ゆううつだ。立ち上がって部屋の周りをもう一度見渡す。今日は少し肌寒いみたいで、体が少しだけ震えた。

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