秘めごと婚姻譚
カイ猫
第1話
夕焼けの空は好き。水色の空とオレンジ色の雲がいい感じに混ざり合って、淡いピンクっぽい空になっているこの瞬間が、ものすごく好き。だって可愛いんだもん。
「空見てどうしたんっすか、
「めっちゃ空の色可愛くってさ」
「ただの夕焼けっすよ」
「淡い色は、どんな色でも可愛いんだよ」
「出たよ、可愛い
玄関から校門までに続く道のど真ん中でウチは空を見上げる。夏も過ぎて過ごしやすい秋の季節になり始めると、秋色の可愛いストラップとか、アクセサリーが増え始めるから好き。あとウチの名前にも、秋っていう感じが入ってるし。
「ほら帰るっすよ〜」
後輩のおーちゃんがウチの背中を押す。葉っぱが落ち始めている
「おーちゃん、放課後空いてる?」
「バイトっす」
「それは残念」
「代わりに出勤してくださいよ」
「いいよ。お給料もついでに貰っておくね」
「やっぱりなしで」
そんなふざけた会話をしながら急な坂を降りて、大通りに出る。目の前に横断歩道があるのでそこで止まる。そしてちょうど会話も途切れて静かな空気が流れる。大きなトラックが通り過ぎると、そこに一人の女の子が気が付くと立っていた。青白い肌にうっすら浮き出た血管と顔まで隠れた黒い髪。服はボロボロでまさに幽霊な女の子だった。
嫌なものを見ちゃったな。目もあったし。
信号が赤から緑に切り替わって、横断歩行を渡る。もちろんその女の子を素通りすると耳元でゾッとするような声で囁かれる。
『無視しないで』
ウチは俗に言う、幽霊や妖怪が見えるタイプで、いつから見えていたのかは覚えてない。でもきっと生まれてからずっと見えていたんだと思う。この景色が当たり前だって思うから。
「おーちゃん……」
「うわ、めっちゃげっそりしてますよ。見えたんっすか?」
心臓がキュッと掴まれる怖さだった。自分の腕や肩を必死に撫でて何とか落ち着かせるけど、耳と脳みそにあの幽霊が思い出されると精神が擦り減る気分だった。
「うん。ほんと。ウチ、幽霊だけは慣れないや」
「あの横断歩行でなんか事故でもあったんですかね?」
「多分あったよ。昔とかに」
今じゃ誰も着ないような服装の女の子だったな。
もう忘れよう。何度も思い出すと今度はついてくるんだ。幽霊っていうのは。
「そうっすか。それにしても不便利そうっすね、見える目は。なんでオカルト研究部に入部したんっすか」
「面白そうだし。何より活かせるかなって」
「そういうの、隠したがるようなもんじゃないんですか?」
「ウチは別にそうは思わないかな。おーちゃんこそ、なんで入部したの?」
「ここの学校、部活動は強制入部でしょ? オカ研ならサボっても怒られなさそうじゃ無いっすか。あと、御縁先輩含めて、みんな優しいし」
「当たり前じゃん」
「図々しいな。謙遜してくださいっすよ」
「上げて落とすよね、おーちゃん」
おーちゃんこと、
「んじゃ、私はここで」
「気を付けて、またね〜」
夕焼けはすでに黒色に染まりかけていた。秋は本当に日が暮れるのが早い。そして気分も下がる。決して夜が嫌いな訳じゃなくて、家に帰るのが嫌なだけ。
「うわ、電話鳴ってる。無視しよ」
突然震え出したスマホの画面には、父親と表示されていてウチはそのまま出ずにカバンに入れた。家に帰ろうとする足がどんどん遅くなる。ウチが家に帰れば、最低限の事以外は空気みたいな扱い。父さんがウチに対して褒める事なんて、最近は全くしないし、口開けば
「ただいま〜」
もう叔父さんは亡くなっちゃったけどね。
「なぜ電話に出ない」
仁王立ちで腕組み姿って、頑固親父のテンプレートみたいなものだとウチは思っている。目の前にいる父親がまさにそうだから。人を殺しそうな勢いで睨まれ続けている。
「電話に出なかった理由はなんだ?」
「カバンに入れてったから気づかなかった。着信音は基本うるさくて切ってるし」
今の父さんは嫌いだ。嫌いというか苦手っていうのが本当。きっと、ウチの記憶が無いだけで小さい頃は優しかったのだと思う。
「話がある。座れ」
「……わかった」
確信は持てないけど、きっと優しくなる時が戻ってくるとウチは信じている。
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