第4話「看病」と「温もり」

「うーん………」


 なんだか今朝から体調が優れない。熱もあるし、倦怠感のせいでベッドから動くことが出来ない。


 風邪、引いちゃったかな?薬はさっき見たら切れてたし、どうしよう………


 ブーブー


「へっ?」


 いつもは鳴ることのない私のスマホの着信音が静かな部屋に響き渡る。もしかして―――。


「やっぱり、純玲ちゃんだ」


 スマホの画面に移る「純玲ちゃん」の文字。連絡先を交換した次の日に電話してくるなんて何かあったのかな?


「――もし、もし」


「おはようございます小日向さん」


「何か、あった?」


「あ、いえ特に何かあったとかでは……小日向さん。体調、悪いですよね?」


 なんでわかったんだろう。いつも通りしてるつもりなんだけどな。


「ん、すぐ行くのでちょっとだけ待っててください」


 返事のない私を置いて彼女との通話が途切れる。彼女はいま何を考えてるんだろう。それに待っててって―――。



 ◇◆◇



 ピンポーン


 ん、んぅ……寝てた?玄関のチャイムが鳴ってる。純玲ちゃん来たのかな?


「よく来たね……と言っても隣だけど」


「やっぱり風邪でしたか。色々持ってきたので今日は私が看病しますよ」


 そう言うと彼女は私の手を引いて私をベッドに寝かせてくれた。なんだか昔を思い出すな――。




「大丈夫かい?」


「はい。ごめんなさい。心配かけて」


「何馬鹿なこと言ってんのさ?体調が悪い時は素直に甘えるのが子供の仕事だよ」




 ふふっ、松木さん。私はもう子供じゃないよ?


「おでこ、失礼します。うん、やっぱり熱ありますね」


「純玲ちゃんごめんね?学校もあるのに……」


「私のことはいいんですよ、今日は私が付いてますから」


 傍にいてくれるんだ。優しいなあ。

 なんだか申し訳ないけれど、今は動く元気もないし甘えてみようかな。たまにはいいよね?


「冷えピタ貼りますね。おでこ出しますよ」


「ありがとう…」


「いえいえ、これくらいしかできませんけど治るまで頼ってください」


 大人になってから、ちゃんとしなきゃって思ってひたすらに頑張ってたから甘えるのなんか久しぶりだ。


「キッチン借りていいですか?お粥作ってきます」


「うん、ありがとうね」


 最近私の本業の方も増えてて無理しちゃってたのかもしれない。案外自分じゃ自覚ないものなんだなぁ。



 せっかく純玲ちゃんは親御さんから離れて1人で頑張ってるのに、邪魔しちゃって…後でお礼しなきゃ。


「もう1回寝よう」





 トントン


「ん?なに?」


「小日向さん、ごめんなさい起こして。お粥出来ましたけど食べれそうですか?


 身体を揺さぶられ、まだ意識がはっきりしないまま寝る前の記憶を遡る。


 そういえば朝体調悪いって思って…それで純玲ちゃんが…純玲ちゃん…?


「ん……あっ!純玲ちゃん!……」



 ゴツン!!!


「「いったぁ!!!」」






「ごめんね?寝ぼけてて……怪我してない?」


「私は、大丈夫、です」


 大丈夫と言いつつ、純玲ちゃんはおでこを抑えて涙目になっている。申し訳ないことしちゃったな……。


「そんなことより、お粥食べますか?」


「うん食べる。ありがとうね」


「それじゃあはい。熱いから気をつけてくださいね」


「えっ…」


 なんで私、今ちょっと残念に思ったんだろう?体調悪いにしてもご飯くらい自分で食べれるのに、食べさせてもらうのでも期待したのかな?


「……ねぇ」


「うん?」


「純玲ちゃんに食べさせてほしい…な」


 我慢するつもりだったのに、つい口を滑らせてしまった。大人が高校生にちっちゃい子みたいなこと言うなんて……相当弱ってるのかな?


「……いいですよ?隣座りますね」


「えっ…?」


「えっ、て食べさせてほしいんですよね?」


「そ、だね」


 縋るみたいに弱々しい…歳に似合わない子供じみたおねだりなのに、純玲ちゃんは嫌な顔一つせずに私の隣に座ってくる。


「なんで、そんなに優しくしてくれるの?」


「そりゃあ色々お世話になってるお礼もありますし…それに……」


「それに?」


「いえ、なんでもありません。それよりほら。あーんしてください」


「ん…」


 私が口を開けて子犬みたいに待ってると、純玲ちゃんがお粥をふーふーしてスプーンを目の前に運んでくる。


「むぐ、むぐ…」


「どう?」


「……おいしい」


 口の中にスプーンが入って、スルッと抜き取られる。その瞬間純玲ちゃんにやらせていることと、この状況のとんでもなさに頭が追いついて顔から火が出そうになる。


「…………………む」


「なんか顔赤くないですか?」


「ソンナ、コトハ…ナイヨ?」


 私はあまりの恥ずかしさで俯いてしまう。改めて見ると、純玲ちゃんは綺麗な顔でサラッとした腰くらいまである黒髪も相まってお淑やかな身なりがとても可愛い。


「なんでカタコト?ふふっ、変な小日向さん。ほーら、次、あーん」


「うん……」




 なんだか変に意識してしまって、二口目からお粥の味が全然分からなかった。でも美味しかったのだけは分かる。


「それじゃあお腹も満たったでしょうし、薬、飲めますか?」


「ありがとう」


「それ飲んでゆっくり安静にしてれば2、3日もあれば良くなると思いますよ」


「何から何まで本当に助かったよ」


「こちらこそ美味しいって言ってもらえて嬉しかったです」


 つぶやくように応える純玲ちゃんは、はにかんだようなこれまでより1番綺麗な笑顔を私に向けていた。


「それではゆっくり横になって安静にしてくださいね。作業道具取ってきたいので少し待てますか?」


「え…?」



 嫌だ……隣でも、短時間だけだって分かってても、今だけは、私が寝る前は傍にいてほしい―――。


「うん?どうしました袖なんか掴んで?」


「いや、行かないで…寝るまででいいの。寝るまででいいから手、握っててほしい…」


 ダメなのに…これ以上迷惑かけられないのに、言ってしまった。でも口に出してしまった今、後悔しても手遅れ―――。


「…そうですね。ごめんなさい。しんどい時は1人嫌ですよね?寝るまで付いてますよ」


「えっ……?」


 私が整理できてないでいると純玲ちゃんは私をベッドに横にして布団を被せてから、手を握ってきた。あったかい――。


「子供…っぽくない?」


「辛いのと、寂しいに大人も子供も関係ありません」


「……!ありがとう……ひぐ」


 思わず堪えてたものが零れ落ちてしまう。それを純玲ちゃんは親指で拭って優しい顔を見せてくれた。


「気が済むまでいますから。今はゆっくり休んで」



 その一言を最後に私の意識は薄れていった。

 無理しないでって言ったのに、私が彼女に助けられちゃったな。

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