第3話「ご飯」と「連絡手段」
ピピピピピ……。
「ん…んぅ〜!今日もよく寝た…ふわぁ…」
午前7時、いつも私はこの時間にアラームで目を覚ます。自分で言うのもなんだけれど、健康的な生活を送れてると自負してる。
純玲ちゃんはどうかな?もう起きてるかな?
彼女と出逢って、越してきてからもうすぐ1ヶ月。毎朝そんなふうに彼女のことが気になってしまう。
1人の時はなんとも思わなかったけれど、私は案外お人好しの世話焼きだったのかもしれない。
「松木さんはどうしてそんなに私のことを大事にしてくれるんですか?」
松木さんに養子にしてもらって家に招かれた時――彼女に質問したことだ。
「どうして……?そんなの私のエゴだよ」
「エゴ……?」
松木さんは「私のエゴ」と言っていた。ただ仲が良い人の子供だから可哀想で、とも言っていたような気がする。
けれど、「可哀想」という感情だけで人は誰かの面倒を見ようとは思わないはずだ。同情が悪いとは言わないけど見知った仲でもないのだから――。
松木さんはそれから私を養子にしてくれた理由を話さなかったし、私も聞かなかったけれど、純玲ちゃんと出逢って何となくわかった気がした。
私は大家さんに純玲ちゃんが越してくるから「仲良くしてあげて」と言われたからそうしているんだと思う。
立派なエゴだ。
でも彼女はおそらく嫌な思いはしていないはず。だってあんなにも私のご飯を美味しそうに食べてくれたから。
松木さんはああ言いつつも、私との時間を大切にしてくれていた。学校が終わるといつもご飯を用意してくれて、暖かいお風呂と布団を用意してくれて――。
そんな何気ない優しさが堪らなく嬉しかった。居場所がない私に居場所をくれた。
まだ聞いてないからどうなのか分からないけれど、一人暮らしということはあの歳頃の子なら孤独を感じているはずだ。
だから誰でもいいから、縋れる人が必要なのだ。それが多分、彼女…純玲ちゃんにとっては私なのだ。
「……なんて、偉そうにしてるけどどうかなんて分からないよね」
縋れる人になろうとしているけれど、私の方こそ彼女に縋っている。私は両親もいなくて、他に頼る親戚も、松木さんもいないから天涯孤独だ。
別に無気力で自暴自棄なわけじゃないけれど、一抹の寂しさを感じていたから彼女の存在はとても大きい。
ガチャ
「「あ…」」
支度も早々に済ませて、部屋の扉を開けると同じくして純玲ちゃんも出てきていた。
「純玲ちゃんおはよう」
「おはようございます」
「今日は学校?」
「いえ、今日は休みなので午前中だけバイトです」
「そっか。気をつけて行ってらっしゃい」
「はい。行ってきます」
毎日こんなふうに挨拶をしている。隣人だから当然と言えば当然だけど、この繋がりは多分彼女にも、私にも必要だから。
「あ、そういえば……」
「ん?どうかした?」
「小日向さんが嫌じゃなければなんですが、これからご飯……一緒に食べてくれませんか?」
「………!もちろん!」
◇◆◇
「ふんふふ〜ん🎶」
「詩音ちゃん。なんだか機嫌がいいわね?悩み事は晴れた?」
「えっ?あぁ、態度に出てましたか?」
「うん、ダダ漏れ」
多分私以上に嬉しそうな顔をしながら葉月さんが頬杖を付いて私の顔を覗き込む。そんなに私、機嫌よかったかなぁ?
「実は最近お隣に大学生の子が越して来まして」
「なるほどなるほど〜?」
「あれから私1人だし、寂しかったんですけどその子と毎日お話してるから嬉しいのかも…」
「うんうん、いいねぇ眩しいねぇ。青春だねぇ」
今度は腕組みをして、なにか噛み締めるように頷いている。青春…か。
そんな大層なものじゃないと思うんだけどな…。ただ、隣人の子と仲良くなったってだけだし。
「それで?その子はどんな子なの?」
「えっと…いい子ですよ。人懐っこくて、ちょっとわがままなところもあるけど…私の作ったご飯を美味しいって食べてくれて。とっても可愛い子です」
「あぁ…!ついに詩音ちゃんにも素敵な出逢いが…!」
「そんな、やめてくださいよぉ……」
素敵な出逢い、か―――。
まだ私にもそういうのとかあるのかなぁ?もう24歳だし、そういうお付き合いもしたことないのに。
そういえば今日は純玲ちゃん、午前中だけバイトって言ってたよね。もう帰ってる頃かな?
「ご馳走様。またお隣の子の話聞かせてね?」
「はい。また来てくださいね」
昼休憩が終わった葉月さんを見送り、閉店時間になった喫茶店を後にしながら純玲ちゃんのことを考える。
最近、彼女のことばかり頭に浮かんでいるような気がする。自分でもよくわかってないけれど、隣人という以上になにか別の感情を抱いていたりするのだろうか。
……そういえば彼女の連絡先を聞いていなかった。帰ったら聞いてみようかな。
それからマンションまでの道を歩きながら、純玲ちゃんの好物や好きな物、趣味だったりを色々妄想してみることにした。
1ヶ月の仲だけどまだまだ知らないことだらけで、彼女とはもっと仲良くなりたいから嫌がられない範囲で知れることは知りたい。
その代わりと言ってはなんだけれど、彼女が困っている時とかには協力してあげたいと思っている。
「あ、小日向さん」
「え…?あ、純玲ちゃんおかえりなさい。今帰り?」
「はい。歩いてたらちょうど姿が見えたので声掛けました」
「そっかそっか。なんだか誰かと帰り道一緒に歩くの久しぶり」
そう、ほんとに久しぶりだ。私は学生の頃、あまり目立つ方じゃなかったから友達はいたけれどそこまで親密ではなかったから「一緒に帰る」ということはなかった。
あったとすれば、たまに松木さんが学校の近くまで迎えに来てくれて一緒に家に帰ったくらいのものだ。
だからこの時間をちょっとだけ幸せに感じる。両親が初めからいなくて身寄りになってくれた松木さんすらいなくなって心のどこかで居場所になってくれる人を探していたのかもしれない。
「話し込んでたらもう着いてたね」
「ですね。帰り道が楽しかったの生まれて初めて」
そう言うと彼女はどこか悲しげな表情で空を見上げていた。
「そうだ純玲ちゃん。今晩は何か食べたいものとかある?」
「そうですね……あ、肉じゃが食べたいです」
「肉じゃが、うん。いいね、任せて!それと……」
「……?」
「ご飯、純玲ちゃんの部屋で作っていいかな?」
◇◆◇
一度部屋に戻って食材を持って、純玲ちゃんの部屋で肉じゃがをせっせと作る。作っている間、純玲ちゃんは参考書を開いて勉強をしていたものの時折こちらを見てソワソワしていた。
その姿がなんだか餌を待つちっちゃいワンちゃんみたいで撫でてあげたい気持ちを必死に抑えなきゃいけなくて少しだけ大変だった。
「よし、できたよ〜!」
「ありがとうございます」
「その前に…」
「な、何するんですか?」
「肉じゃがをソワソワしながら待ってた。ワンちゃんみたいで可愛いなって思って」
私が彼女を撫でると、ほっぺを膨らませて納得がいかないというような顔になってしまった。そういうところも可愛いな―――。
「しょうがないじゃないですか。小日向さんのご飯美味しいんだもん」
「……!」
そ、そんなこと言われるのは想定外だ。優しそうな子だとは思ってたけれど、こんなに素直に…それにしたって不意をつかれた言葉に私の心臓がざわつき始めてしまう。
「さ、さあ!ご飯にしよう!」
「……?はい」
ざわざわした心臓のまま純玲ちゃんと作ったご飯を食べ始める。さっきの……なんだったんだろう。
「やっぱり美味しいです」
「ありが、とう…?」
美味しいと言ってもらえて嬉しい……けれど、それ以上に今まで感じたことのないものが私の心に渦巻いている。
―――この前みたいな笑顔というわけではないけれど、満足そうな彼女の顔を愛おしく思っている私がいる。
「あ、そうだ。忘れるところだった」
「何かありましたか?」
「連絡先交換してなかったなって」
「そういえばそうですね」
「あ、もちろんやだったらいいんだけれど…」
「問題ないですよ。私も不便だなって思ってたんです」
「不便?」
「一緒にご飯したいって言ったのに、バイト終わりの時間とかわからないの良くないですし」
彼女と連絡先を交換して、連絡先欄に並ぶ「純玲ちゃん」の文字を見て口元が緩んでしまう。
人との繋がりがまたできて嬉しいからかな?24歳にもなってまるで子供みたいだ。
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