ファンタジア文庫『GirlsLine』特別SS
ファンタジア文庫
『初めての憧れ』from「転生王女と天才令嬢の魔法革命」
「ユフィって、何か憧れている魔法ってある?」
「……憧れている魔法、ですか?」
私の問いかけに対して、ユフィはきょとんとした表情を浮かべた。
彼女の手には私がプレゼントしたアルカンシェルが握られており、手入れをしている途中だった。
アルカンシェルはユフィのために私が作り上げた魔道具であり、彼女のためだけの魔法の杖でもある。
彼女もとても気に入ってくれて、とても大事にしてくれている。
自分がプレゼントしたもので笑顔になってくれるのだから、ただそれだけで嬉しい。
だから特に何をする訳でもなく、彼女が手入れしているところを眺めていた。
そこでふと気になったのは、ユフィにとって一番の魔法って何なんだろう? という疑問だった。
ユフィは天才の名に相応しい魔法使いだ。数多くの属性に適性を持っていて、どんな魔法でも扱いこなせる。
でも、それだけ出来ることが多いのであれば、ユフィにとって憧れの魔法というのはあるのだろうか、と。
「憧れている魔法、ですか……」
私の問いかけにユフィは手入れの手を止めて、思案を巡らせているようだった。
その所作だけで様になっているように見えるのだから、顔が良いというのは本当にお得だなと思ってしまう。
「あまり思い当たらないですね」
「そうなの?」
「えぇ、私にとっては当たり前に使えるものですから……あっ」
ユフィは何気なしにそこまで言って、ハッとした表情を浮かべた。
あれ? どうしたんだろう? 私が不思議そうに小首を傾げると、ユフィは慌てたように私を見た。
「申し訳ありません、アニス様。その……大変失礼なことを言いました」
「えっ? 失礼って……あぁ、そういうことね」
ユフィが唐突に謝ってきた理由がわからなかったけれど、すぐに思い至った。
ユフィにとって魔法が使えることは当たり前だ。
そして、私は王女として生まれながらも魔法を使えなかった。
だからユフィは私に対して無神経なことを言ってしまったと思ったんだろう。
「ユフィにとっては魔法ってそういうものなんだ、って思っただけだから何も失礼だなんて思ってないよ。気にしすぎだって」
「ですが……」
「むしろ、ユフィって本当に凄いんだなって見直したよ。魔法を使えないからって困ったことなんてなかったってことでしょう?」
「……それは、そう、ですね」
「なら、それを誇った方がいいでしょ! ユフィの長所なんだから!」
本音を言えば、少しだけ思うことはある。
でも、それ以上に憧れがあった。ユフィはやはり私の憧れた魔法使いなのかもしれないと思う程に。
彼女のように全ての魔法を思うままに扱えたら、そんな夢を思い描いてしまう程に。
でも、それを伝える必要はない。伝えてしまったら、きっとユフィは気にしてしまうだろう。
魔法を使えない無能な王女と、魔法の天才である公爵令嬢。その差はどうしたって大きいのだから。
それでも私は、ユフィに気にして欲しくない。それよりも楽しそうに魔法を操り、目を奪われる程に美しい魔法使いであり続けて欲しいと願うから。
そんな思いを込めて、私はユフィを真っ直ぐに見つめる。ユフィは戸惑ったように視線を何度か逸らしそうになったけれど、不意に何か思い当たったように表情を変えた。
「……そうですね。そう思えば、一つだけ憧れている魔法はあったかもしれません」
「そうなの? それってどんな魔法?」
ユフィが憧れるような魔法。それは一体どんな魔法なんだろうと、興味本位で私は訪ねてみた。
すると、今度はユフィから真っ直ぐ視線を返された。
……何でだろう、その表情がまるで眩しいものを見つめるかのように思えてしまったのは。
「……内緒です」
「えっ? なんで!?」
「いつか、きっと話しますから」
「えぇ? 気になるなぁ!」
「ちょっと恥ずかしいんです」
ユフィは照れくさそうにそう言った。それが少し子供っぽくも見えて、何だか可愛く思えてしまった。
恥ずかしいというのなら、無理に聞かない方がいいかな。いつか話してくれるって言うし。
まぁ、確かにユフィだって離宮に来たばかりだ。今ここで無理に聞きたいことでもないし、いつか話してくれる時を楽しみに待つことにしよう。
「――貴方の存在が、私にとっては魔法そのものみたいに思えたなんて言えませんから」
ユフィが小声で呟いたような気がするけれど、それを私が聞くことはなかった。
そんな穏やかな離宮の一日が過ぎていくのだった。
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