第二話 クリスマスを楽しむ方法


 暦は十二月。期末テストも終わり、街全体の雰囲気も、高校生の私たちの話題も全部、クリスマス一色になりつつある季節だ。


 放課後、屋上へと続く階段の踊り場で。私は月島と百合作品について語っていた。



「現代もののラノベだと、クリスマスって定番イベントだよね」


 紅い瞳を爛々とさせながら、月島が話題を振ってきた。


「うん。週クラもかごこいもクリスマス回はあるしね。私が好きなのは週クラのカクヨム版、大学一年生になった宮城と仙台さんのクリスマス回。あの回を書籍で読めたら、イラストを見たら……死んでしまうかもしれない」


「あはは、死なないでよ。わたし、放課後に後藤さんと百合トークできる時間を楽しみにしてるんだから!」


 そう言って笑う月島の単純な言葉一つに、浮かれてしまいそうになる。


 クラスの中心人物である月島璃々花は、本人はあまり自覚していないみたいだけど男女ともにかなり人気がある子だ。


 確かにこの人懐っこい天真爛漫な笑顔を見ていると、私の頬は自然に綻ぶ。


 ふわふわの長い髪の毛もまた、人の目を引く要素なのだろうか。同じクラスだけど教室では用事がない限り月島と話すことのない私も、彼女を目で追ってしまうことが増えていた。


 私は、月島と過ごすこの時間が好きだ。


 自分の行動が縛られるように感じるから、私は誰かとつるんで行動したりだとか、人に合わせて予定を決めることがあまり得意なほうじゃない。


 だけど月島とのこの放課後の時間だけは、待ち遠しく思っている。


 理由はわからない。……事前に予定をすり合わせないからだろうか? 自分でも理解できない感情を抱きながら、私は今日も彼女と百合談義に花を咲かせていた。


「百合作品のクリスマス回は好きなんだけど……実は私さ、現実のクリスマスはあんまり興味ないんだよね」


「えっ⁉ 後藤さん、クリスマス好きじゃないの⁉」


「……そんなに驚くこと?」


「だ、だって……クリスマスだよ? ケーキにチキンにサンタさん! パーティーにイルミネーションにプレゼント交換! 楽しいことしかなくない?」


「うーん……上手く説明できないんだけど、クリスマスの楽しみ方がわかんないっていうか。ケーキもチキンもクリスマスじゃなくても食べられるし、サンタはもう来ないし」


 ここまで喋って、ハッとした。


 ……もしかしたら私、余計なことを言った?


 友達が多い月島はいつだって人に囲まれているような子だし、まさにクリスマスを楽しむタイプだろう。それなのに私は、そんな彼女の心に水を差す発言をしてしまったんじゃないか?


 不快にさせてしまったに違いない。焦りと不安で心拍数がだんだんと上がってくる。後悔で表情が硬くなっていく。


 不思議だ。普段は誰にどう思われようとも気にしない私が、月島に悪い印象を与えてしまうのは嫌だと感じているなんて。


 嫌……っていうか、嫌われたくない……っていうか。こんな気持ちになるのは初めてだった。


「ごめん、急に。変なこと言っちゃったね」


「ううん。今日の後藤さん、いっぱい喋ってくれてうれしい。いつもわたしばっかり喋っちゃってて、申し訳ないなって思ってたから」


 予想外の返事に私が目を瞬かせていると、月島はニコッと笑った。


「……百合の話じゃなくても?」


「後藤さんが自分の話をしてくれるのも、うれしいよ。だってわたし、後藤さんのこともっと知りたいもん」


 そう言って私の顔を覗き込んだ月島を見て、さっきとは違う感じに心拍数が跳ね上がる。なんだか急に恥ずかしくなって、頬が熱くなってくる。


「あ! いいこと思いついた! ねえ後藤さん! クリスマスの楽しみ方がわからないなら、わたしが教えてあげる!」


「え? どうやって?」


 月島の紅い大きな瞳が、私を見据えた。


「クリスマスはわたしと一緒に過ごそう!」


 その視線と、今の言葉――それだけで、私の心臓は止まりそうになった。


「いや、別にそこまでしてもらわなくても……ほんとに、大丈夫だから」


 別に月島に気を遣って断っているわけじゃない。


 なぜ口にしてしまったのかは自分でもわからないけれど、“クリスマスの楽しみ方がわからない”なんて絶対に解決したい悩みではない。辛くて食べ物が喉を通らない……みたいに、生活に支障が出ているわけでもないし。


 それなのに、自分のことのように真剣になってくれる月島の優しさに、胸に温かいものが宿る。


「……こういうとき、なんて言えば伝わるんだろ……あ、そうだ! 後藤さん、転天読んだよね⁉」


「ああ、うん。月島が熱心に勧めてくれたから原作も最新刊まで追いついたし、アニメも全話観たよ」


 とても面白かった。普段ファンタジー系の作品は読まない私でも夢中になって、一週間で読破してしまったくらいだ。


「アニスは魔法を使えないけれど、ユフィがいる。アニスにはユフィがいるから、道を切り拓いてきたんだよ!」


 なんとなく、月島が言いたいことは察した。だけど彼女の言葉で聞きたかった私は、わざと尋ねた。


「……つまり、どういうこと?」


「後藤さんひとりだったら見えない景色も、わたしと一緒なら見えるようになるんじゃないかなって。だからクリスマスは一緒に遊ぼ! きっと楽しくなるよ!」


 ふたりでイルミネーションの中を歩いている光景を、想像する。


 待ち合わせをして、肩を並べて街を歩いて、行き先に応じた会話をしながらクリスマスを楽しんだなら。


 その日はきっと――放課後、この場所でしか会わない私たちの関係が変わる日になるのだろう。


 それは私が考えるよりもずっと素敵な未来だけど……おそらく、叶うことはない。


「でもさ……月島はもう、予定入ってるんじゃないの?」


 これだけクリスマスを楽しみにしている子が、この時期にノープランなんてありえないでしょ。


 私の指摘を受けた月島はわかりやすく硬直し、青ざめてから頭を抱えて「ああー!」と声をあげた。


「そうだった……わたし、友達とクリパの予定入れちゃってたよぉ……」


「忘れちゃダメじゃん」


「うう……だ、だって……後藤さんと遊べるかと思ったらつい、浮かれてテンション上がっちゃったんだもん……自分から誘ったくせに、ごめんね……?」


 申し訳なさそうに手を合わせる月島の頬が朱色に染まっていくのを見て、動揺を覚える。


 ――私とクリスマスを一緒に過ごせるって思ったら、友達との約束も忘れちゃうくらいうれしかったってこと?


 月島にかける言葉を必死に頭の中で探る。何を言おうか逡巡する私の目に映る彼女の柔らかそうな髪の毛に、ふと……触れてみたいと思った。


 その欲が私の動揺と、胸のくすぐったさと、口元が緩む理由になっているのであれば……私はきっと、自分が思っている以上に月島のことを気に入っているのかもしれない。


「後藤さん?」


 小首を傾げて私を見る月島に、まだコントロールのできていない気持ちが暴走しないように気をつけながら微笑みを作った。


「ありがとう、誘ってくれて。月島の気持ち、うれしかった」


 月島の真っ直ぐな言葉につられて、私も真っ直ぐにお礼を伝えることができた。


「な、なんか……改めて言われると、照れちゃうね。わたし、ひとりで空回ってただけなのに」


「空回ってないよ。月島と一緒だったら本当に、私が見ている世界は変わると思うし。……でもさ、月島の理論だと私がアニスで、月島がユフィってことになるね」


「……あ、そっか⁉ わたし全然天才キャラじゃないのに、おこがましいよね⁉」


「ううん、そんなことない」


 ――それに、私がアニスで月島がユフィならば。私の存在も月島にとって必要だってことになるし。


「……あのさ、月島がクリパする友達って、クラスの子?」


「そうそう、いつものメンバー! 夕方までパーティーの予定なんだけど、今年は彼氏持ちがふたりもいるからさー、早めに解散するんだよね」


 予想していなかった言葉に、ドキッとした。


 だったら……夕方から誘ってみようという考えが一瞬、頭を過ったけれど……。


「ふーん……そっか」


 それを口に出せるほどの勇気は、今の私にはなかった。


 月島のおススメで読んだ『転生王女と天才令嬢の魔法革命』。第三巻の、私が一番好きなユフィの台詞が今、頭の中に浮かんだ。


 ――一方的で、自分勝手で、受け取ってほしいのに、受け取ってもらうのも怖い。本当に感情はままならないですね、アニス様。


 私はアニスじゃないけれど、「その通りだね」と返事をしたくなった。


          *


「後藤さん、またね!」


「うん、また」


 月島と解散した私は、いつものようにひとりで通学路を歩く。


 街路樹、丁字路、角のコンビニエンスストア。クリスマス仕様のイルミネーションが、見慣れた街を彩っている。


 今日の私は、昨日よりも――それらを綺麗だと思った。

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