第33話

「あの、ちょっと悪ノリというか、楽しくなっちゃって」

 雪乃は、黙って歩く城崎の背中に必死で声をかけた。

「でも、楓だってあのガールズバーによく来てるって聞きましたよ。お互い様では?」

 雪乃は少し主張してみる。

 すると、城崎はピタリと立ち止まり、雪乃の方を見て言った。

「確かにな。テメェの言うとおりかもしれねえ。雪乃が嫌ならもう行かねえが」

「い、いや別に行ってもいいですけど……凛子さんもいますし」

 雪乃は慌てて言った。別に自分の方は城崎がガールズバーに行こうがどうしようが別に構わない。

 城崎はブスッとした顔で言った。

「でも俺はテメェがああ言う事すんのはムカつく。俺以外のやつに可愛いって言われて喜んでんじゃねえよ。喜んで奢れてんじゃねえよ。」

「そ、そんな事言われても……嬉しいのは嬉しかったものでつい」

 雪乃が正直にそう言うと、気のせいか、城崎は見たことがない悲しそうな顔になった。

「ああいうバイトしねえように、俺のとこでバイトさせて囲っとこうとしたのによ。凛子のやつめ」

「り、凛子さんは悪くないです」

 慌てていう雪乃の腕を、城崎は黙って再度強く掴んで引っ張って行った。

「あの、これもしかして楓の部屋に向かってます?」

「ああ。雪乃、明日、早い時間の授業が無いのはわかってるからな。覚悟しとけ」

 そう言って城崎はズンズンと歩いて行った。



 城崎の部屋につくと、すぐに鍵を閉められた。連れてこられたのは、以前のソファーのあった部屋ではなく、その奥の寝室だった。

 雪乃は乱暴にベットに座らされる。


 一瞬城崎はどこか別の部屋へ行ったようだが、すぐに戻ってきた。


「もう今日は何を言われてもやめねえからな。ムカついてムカついてもうイライラすんだよ」

「あの、ごめんなさい。その……」

 冬眠明けのクマ……。脳裏に可愛らしい熊さんがよぎったが、おそらく状況はそんなものではない。

 何だが大変に城崎の機嫌を損ねてしまったのは分かる。

「楓、あの、か、かえでっ!!ひゃっ!」

 勢いよく耳に噛みつかれて、雪乃は変な声が出た。

「痛い、ちょっと痛、い、」

 必死で訴えるが、城崎は無視して、そのまま首筋や頰をガジガジ齧っていく。


 以前と比べて乱暴なその行為に、雪乃は少し泣きそうになった。


 ――こんな乱暴なのは嫌だ。


 嫌だ。だけど今回は頭突きする気にはなれなかった。


 さっきの城崎の、見たことがない悲しそうな顔が頭をよぎる。

 よくわからないけど、城崎を傷つけてしまったことだけはわかる。


 そう思った途端に、雪乃は、乱暴に噛み付いてくる城崎の頭を、無意識にギュッと両手で抱えていた。


 城崎は驚いて頭をあげようとしたが、それを雪乃は、押さえつけるようにさらにギュッと抱きしめた。

「ごめんね」

 そう言って、雪城崎の銀色の髪にそっと口づけした。

 城崎は噛みつくのをやめた。そして今度は優しくあらゆるところに口づけを始めた。

 時々ペロリとなめてくるそれは、優しく撫でているような感覚だった。

 しだいに顔の真ん中に口づけを多く落とし始め、何度も何度も口に啄むようなキスをされる。


 ――焦らされてる。


 以前のように、入れてもいいか、とか、開けろ、とか何も言われない。

 それなのに、いや、何も言われないからこそ、こちらからねだるように促されている。


 雪乃はそっと口をあけた。


 その隙を逃さまいと、城崎は雪乃の顔をしっかりと抑えながら、舌を入れてきた。


 口の中に入った城崎の舌は、雪乃の口内を丁寧に愛撫する。舌で弄られ、クチュクチュと鳴らされる音が、雪乃の心臓を強く刺激して苦しくなった。

 息も苦しくなって、雪乃は城崎の胸を押す。しかし城崎は離してくれない。

 再度強く押すと、ようやく城崎は口を離した。

 しかしまたすぐに軽いキスを再開し、すぐに舌を入れてかきまわす。心臓が苦しかったのは最初だけで、その後はだんだん気持ちが良くなってきた。


 何度も何度も繰り返されるその行為に、雪乃は酸素不足と興奮で、しばらくすると真っ赤で惚けた顔で、弱々しく「ぎぶあっぷです」と訴えた。

「俺もギブアップかもしれねえ」

 城崎はそう言うと、雪乃に覆いかぶさってギュッと抱きしめた。


「好きだ雪乃」


「え?すき?」


「何で聞き返すんだよ」

 城崎は呆れ顔をみせた。

 そして、雪乃を片手で抱き、片手で撫でた。

「正直、始めはまあ見た目もそんなに悪くねえし、付き合ってもいいかってノリだったけどな」

「そんな感じはしてましたよ」

 雪乃の相槌に、城崎は苦笑した。

「他の女全員切ったのに、文句言うわ頭突きするわなかなかやらせてくれねえわ、面倒くせえやつだけど。でもテメェが他のやつに愛想振りまくこと想像すれば、腸が煮えくり返る。ずっとそばにおいておきてえ」

「やっぱり寂しがり屋なんじゃないですか」

 雪乃が照れ隠しに茶化すと、城崎は優しく笑った。

「そうだな。彼女を一人に絞るっつーのも悪くねえな、と思って」

 その顔を見た瞬間、雪乃はなんだかキュンと胸が締め付けられて赤くなった。

 真っ赤になった雪乃に、城崎はちょんとキスをすると、そのままパタンと眠ってしまった。


「もしかして、結構酔ってた?」

 妙にこそばゆい事を言われたと思ったが、ゴリゴリに酔っ払っていたのかと思うと、すこしだけ力が抜けてしまった。

「でも、嬉しいし恥ずかしい」

 雪乃はそう呟いて、城崎を撫でながら自分も目をつぶった。

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