第31話
「あれ?雪乃ちゃん?」
雪乃が事務所から家に帰ろうと歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あ、師匠!」
「師匠って呼ばないでってば」
苦笑いしながら立っていたのは凛子だった。
「学校今終わったの?結構遅いね」
「いえ、バイトです。楓のところで今日から」
「へえ、城崎、彼女雇うとか職権濫用じゃん」
凛子は一也と同じような事を言いながら、からかうように笑った。
「城崎は?まだ仕事?」
「なんか、仕事の電話で出て行ってそのまま帰って来てません」
「そっか。今から帰るの?」
凛子はいたずらっ子のような顔で雪乃の肩を掴んだ。
「暇なら、うちで夕飯たべていかない?」
「うち?」
雪乃は首を傾げているうちに、あれよあれよと凛子に連れ去られていった。
連れてこれたのは、色鮮やかなガールズバーだった。
「奢るから適当に頼んで。今日ね、超閑散日で暇な日なんだ」
カウンター越しに凛子はメニューを雪乃に差し出しながら言った。
凛子はガールズバーの店員をしているらしい。初めて入ったガールズバーの雰囲気に、雪乃は少し気分が高揚していた。
「あ、ちゃんと自分で払います。あの、えっと」
「いーのいーの、あんまり腹が膨れるもの無くて悪いけど。あ、ピザとか美味しいよ。お酒は?」
「え、えっと、じゃあピザと……あとなんか飲んだこと無いの飲みたいな……」
「飲んだことないの?」
「あの、あんまり私お酒強くないんですけど、人生できるだけ色んな種類のお酒を堪能したいがモットーなので」
雪乃の言葉に、凛子は面白そうに笑った。
「いーじゃん、そういうの。あ、逆に有名なカクテルでも飲んだことないのとかあるんじゃない?王様マティーニとか、女王マンハッタンとか。あ、でもちょっと強いお酒だからやめた方いいかな」
「どっちも飲んだことない!ちょっとくらいなら大丈夫です!」
雪乃は元気に答えた。
凛子はオッケー、と笑うと手早く作ってくれた。
目の前には、サクランボの乗った、小さなカクテルが出された。
「カクテルの女王、マンハッタンです」
そう言いながら、凛子はニヤリと笑って雪乃に顔を近づけて囁いた。
「度数が強いんだけど、甘くて癖になっちゃう人も多いの。ゆっくりと味わったら、最後にチェリー、パクッて食べちゃってね」
「パクッて……」
意味ありげに指さされたチェリーを見て、雪乃は苦笑いするしかなかった。
「どう?あれから城崎と仲良くやってる?」
本当に今日は閑散日らしく、ほとんど人がいない店内で、雪乃は、凛子や、他のガールズと一緒に楽しく食事をしていた。
「どうって。まああれからまた一回頭突きしちゃったけど仲良くやってます」
「また頭突きって……雪乃ちゃんもなかなか喧嘩っ早いのね」
「え?雪乃ちゃんの彼氏って、あの城崎さんなの?うちにもよく飲みに来るよね」
「あの超イケメンでしょ?あ、ねえ、彼って実は童貞って噂本当?」
「プライバシーな事なのでノーコメントで」
いい感じに少しほろ酔いになった頃、雪乃は凛子や他のガールズ達に、愚痴るような口調で言った。
「私恋愛慣れしてなくて、いつもいい雰囲気になるたびに余計な事言っちゃって、頭突きしちゃって……ってなるんですよ。
こんなんじゃいつになっても目的達成できなくて……。師匠方々、恋愛テクニック的なのあったら教えて下さいー」
「何何?超カワイイ愚痴ー」
ガールズの一人が笑うので、雪乃は口を尖らせた。
「だって、恋愛マスターのインフルエンサーフォローしたりしてるんですけど、精神論だけで具体的にどうすればいいかわかんないもん」
不貞腐れた雪乃を、凛子はポンポンと優しく撫でた。
「そんなの、慣れていくしかないよ。誰だってはじめは好きな男といい雰囲気になったらドキドキするもんだよ。ねえ」
「好きな男、かぁ」
雪乃はぼんやりと凛子の言葉をリピートした。
好きな男。城崎はイケメンで、雪乃はイケメンと付き合いたくて、で、ちょうど千草に興味深い誘いを受けたから告白して……。
自分は城崎のことが好きなんだろうか。
嫌いではないけども。むしろ好き……か。
「ま、それは今どうでもいいか」
雪乃は酔っ払った頭で考えるのをやめて、そう小声で呟いた。
「そうだ、雪乃ちゃんちょっとこっち側来なよー」
急にガールズのひとりが思いついたように言った。
「どうせお客さんもすくないし、こっちのキャスト体験してみなよー。接客で人馴れするのも手じゃない?」
「えー?勝手に駄目じゃない?」
「今店長いないし、ほら、お客さんも常連ばっかだから」
ねー、とガールズのひとりが、隅に座っていた常連客らしい二人組に話しかけると、常連客はニコニコと頷いた。
「わぁ!ご迷惑でなければ、やりたい!!」
ちょっと酔っ払っていた雪乃は、ノリノリで立ち上がった。
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