第28話

「俺が雇い主で、他に従業員いるわけじゃねえんだから、文句言うやついねえ。職権濫用もクソもねえだろ」

「そう、かなぁ」

 雪乃は首を傾げる。

「とりあえず、テメェの大学のコマ割りみせろ。授業ねえときにシフト入れてやる。」

 雪乃は言われたとおり、スマホに保存してある授業のスケジュールを見せた。

 その途端ハッと気づいた。

「シフト入れるとか言って、私が暇なときを把握したいだけでは!?」

 雪乃の言葉を無視して、城崎はさっさと何やらデータ登録をして紙をプリントアウトする。

「シフト表だ」

「え?これ私の授業の時間以外ほぼ隙間なく入ってるじゃないですか!」

「大学からここ近えから問題ねえだろ」

「あります!」

 雪乃はペンを借りて、シフト表を訂正していく。

「課題やる時間も必要だし、桃香とかと遊ぶ時間も必要。これくらいでお願い致します」


 城崎は、訂正されたシフト表を見て、不機嫌そうな顔になった。


「もしかして、楓って、結構寂しがり屋……?」

「はあっ?」

 雪乃の言葉に、城崎は珍しく赤くなった。

「前までいっぱい彼女がいたのも、もしかして寂しがり屋だから常時誰かにいてもらいたいから?」

「んな訳っ!」

「ふうん、そうなんだぁ。そっかぁ」

 いつもは自分が赤くされている分、城崎が赤くなるのが面白くて、つい雪乃は調子に乗った。

「素直に言ってくれればいいのになぁうふふ。可愛いとこあるんですね」

「うるせえな」

 城崎は雪乃の頰を両手で挟み、フニっと潰して睨んだ。

「調子乗ってんじゃねえぞ」

「しゅ、しゅみましぇん」

 タコのような口にされながら、雪乃は素直に謝った。


 その時だった。


「城崎さんーいるー?」

 そう言いながら一人の中学生が城崎の事務所に入ってきた。一也だ。


「何だ。今事務所は営業中だぞ」

「彼女といちゃついてただけじゃないの」

 そういいながら、勝手に事務所の隅にある小さなテーブルに、学生鞄を放り投げて座った。

「宿題ここでやっていい?」

「だから、営業中だっつーの」

 そう文句を言いながらも、一也を無理やり負い出す気配は無い。


 雪乃はそろそろ帰ろうと立ち上がった。

 鯛焼きが一つ余っていたので、何となく一也に差し出した。

「食べる?」

「結構です」

 一也は素っ気なく断ってきた。

「じゃあ、私は帰りますね」

「明日来いよ。シフト入れたからな」

「はぁい」

「え?何?シフト?このお姉さん、城崎さんのとこで働くの?」

 急に一也が身を乗り出した。

「いいな。僕も城崎さんの事務所で働きたい」

「ガキが何言ってやがる。中坊は勉強して遊んで喧嘩すんのが仕事だ」

「喧嘩はしなくていいでしょ」

 雪乃は思わず口を挟んだ。


「僕役に立つよ。パソコンも習ってるから使えるし、使いっ走りもするよ」

 一也は懸命に自己アピールをするので、城崎は小さくため息をついた。

「一也が役に立つのは知ってる。テメェは大事なダチだ。それで充分だろ」

「うーん、ま、いっか」

 一也は素っ気なく、しかしどこか嬉しそうに答えて、鞄から宿題を取り出した。


「一也くん、楓の事大好きなんですね」

 何となく微笑ましくなって雪乃がそう言うと、一也はキッと雪乃を睨んだ。

 ――え?何で睨まれた?

 雪乃は少し動揺した。

 しかしすぐに一也は何事もなかったように宿題に取り掛かり始めたので、さっき睨まれたのは気のせいだと思うことにし、事務所を後にするのだった。

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