第22話

 雪乃が力を抜いたのに気づくと、城崎はニヤリと笑った。

 そして、ゆっくりと雪乃の顔に自分の顔を近づけて、まずは軽く、触れるだけのキスを与えてきた。


 ほんのりとごま油や香辛料の香りが鼻をくすぐる。


 雪乃はカッと自分の顔が熱くなったのが分かった。心臓も壊れそうだ。


 何度か唇を啄まれた。

「そんな唇食いしばんなよ。少し開けろ」

 ――開けたら……入れられる。

 そう思いながら、ゆっくりと唇を開いた時だった。


 思いがけず、城崎は雪乃から顔を離した。

 そしてチッ、と大きな舌打ちをしたのだ。

「え?」

 舌打ち?雪乃は一気に覚めた。

「舌打ち?今私舌打ちされたんですか?」

 雪乃は恥ずかしくなって慌てて言った。

「違う。雪乃に苛ついたんじゃねえ。俺に苛ついたんだ」

 そう言って城崎は立ち上がった。

「クソ、ダセえ。焦っちまって忘れてた。ちょっと待ってろ」

 どこかへ行こうとする城崎の後ろ姿を見て、雪乃は、はっと思い当たった。

「も、もしかして避妊、してなかった、とか?」

 雪乃の言葉に、城崎は険しい顔をした。

「今からちゃんとする」

「ま、待って!」

 雪乃は城崎の腕を掴んで止めた。

「あの、大丈夫。大丈夫なんです。避妊しなくても」

「はあ?」

「その、キスは大丈夫なんです」

 雪乃はドキドキしながら言った。


 キスしても妊娠しない。妊娠するには、次のステップがある。それは変態行為ではないごく普通の事だ。そう伝えたかったが、ドキドキしすぎてうまく言葉にできず、それだけを訴えた。


「雪乃、それは駄目だ」

 城崎は真面目な顔で、雪乃の肩を掴んで、しっかり目を見て言った。

「いいか。安全日とかはアテにならねえんだ。ちゃんとヤる時はきちんとした避妊が必要なんだ」

 安全日とかの知識はあるんだ、と雪乃は突っ込みそうになったが、ぐっと堪えた。

「いや、そうではなくて。キスでは妊娠しないんですよ」

 雪乃は必死になって再度言う。

「まあ、さっきみてえな軽いキスでは妊娠しねえだろうが。まさかテメェ……あの程度のキスで、キスしたつもりになってんのか」

 そうか、可愛いやつだな、と城崎は雪乃を撫でた。

「ち、違うって」

 雪乃は否定しながらも、可愛いと撫でられて、つい照れてしまった。

「慣れてねえんだもんな。わかってるわかってる。まあ焦ったらまた頭突きされるかもしれねえし、今日はこのくらいで許してやるから。な?」

 なぜか上機嫌になった城崎は、雪乃のおでこに軽くキスをして、それからまた再度雪乃の唇を軽く啄みだした。

 ――うう、なんかこれ以上言える空気じゃない……。

 雪乃は唇を喰まれながら、なんだか諦めてしまった。


 何度も顔中に軽い口づけをしてから、城崎は雪乃の身体を起こして、そのまま肩を抱き寄せて言った。

「なあ、今日泊まってけよ」

「へ?」

「ここから大学近えだろ?ここ泊まったほうが明日楽だぜ」

「いやあ、でも泊まる準備してないですし」

「コンビニである程度買ってきてやるよ」

「いやぁ、でも」

「大丈夫、何もしねえから」

 城崎はニヤニヤしながら雪乃の肩をさらに強く抱き寄せる。

「……知ってる。知ってるこれ。絶対に何かする気だ」

 雪乃は城崎を睨みながら言った。

「絶対に、タイミング見計らって避妊の準備して、そして絶対にする気だ!でぃーぷきすを!!」

「そんなに身構えんなよ」

 城崎は笑いながら言った。

「やっぱり雪乃、経験ないんだな?」

 その言葉に、雪乃はつい膨れっ面をして言い返した。 

「あるもん」

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