第18話

 雪乃はチェーンのファミレスに連れてこられた。


 凛子は勝手にアイスを二人分注文する。

「あ、あの」

 良くわからないままの雪乃は、困ったように凛子を見た。

 凛子は雪乃に微笑んでみせた。

「ごめんね、無理やり連れて来ちゃって。私、 星野 ホシノ 凛子 リンコ。よろしく」

「溝端雪乃です」

 雪乃もとりあえず自己紹介した。と同時にスマホが鳴り出した。

「もしかして城崎から?」

 凛子の問いに、雪乃は頷いた。

「貸して」

 凛子に言われて雪乃はスマホを差し出した。

 凛子は当り前のように電話に出た。

「おいっ!雪乃テメェ今どこだ!」

 怒鳴り声が、雪乃の方にも聞こえてくる。思わず雪乃は肩をすくめた。


「はーい、代理の凛子です。終わった?高校生相手にやり過ぎてない?」

 凛子は飄々と応じながら、スマホをスピーカーにして、雪乃にも聞こえるようにした。

 電話の向こうで、鼻で笑うように城崎が言うのが聞こえてきた。

「なんもしてねえよ。ちょっと怒鳴りつけて掃除言い聞かせただけだ。学生証写真に撮ってやったからしばらく俺のいいなりだな。ってかそれより何で凛子が雪乃の電話に出てんだよ」

「私が誘拐したの。雪乃ちゃん逃げたわけじゃないよ」

「凛子テメェどういうつもりだ。テメェは関係ねえだろ」

「いやぁ、こんな可愛らしい娘、次は絶対に最後までヤるとか言ってる人に渡せないねえ」

 凛子はニヤニヤ笑いながら言った。

 最後までヤる、と言う言葉に、雪乃は赤くなった。

「ま、今日は私が責任もって雪乃ちゃん預かるから。城崎はそっちをちゃんと解決させなよ。警察沙汰にはならないようにねー」


 そう言うと、一方的に凛子は電話を切った。


「よし、電源も切っちゃっていい?私の方にも電話来たらウルサイから私も切っちゃう」

 そう言って凛子は、勝手に電源を切ったスマホを雪乃に返した。

「あ、あの、私、楓……城崎さんと話をしようと思って来たんですけど」

 雪乃は恐る恐る凛子に言ってみた。


「さっきも言ったけど、今日は冷静に話ができないと思うよ」

 そう言って、凛子は雪乃に優しく諭すように言った。

「ちゃんと話し合いたいなら冷静な時にしないと。今日の城崎は、お酒も結構入ってるし、さっき警察に怒られたらしくて機嫌悪いし、その上なんか高校生に何かされたっぽくて更に機嫌悪くなってるし、全然駄目よ。気性も荒くなってるから、話し合いもウヤムヤに襲われる可能性だってある。それは嫌でしょ?」

 凛子に言われて、なるほど、と雪乃は頷いた。


「あー、でも襲われるって言っても……」

 まあキスまでだし、と思って雪乃はボソボソと呟いた。

「あ、もしかして知ってるの?城崎の知識の無さ」

「あ、はい」

「千草からでも聞いたのかな?まあでもそれなら話が早いわ。あのね、油断しちゃだめよ」

「油断?」

 雪乃は首を傾げた。


「そ。城崎はね、確かに知識は無い。キス以上をすることは頭には無い。でもね、本能は在るのよ」


「本能?」


 雪乃はオウム返しする。


「そう。まあ、うまく言えないんだけど。とにかく、知識が無いからって油断してたらだめよ。それにキスだけでも乱雑にされたら嫌でしょ」

「まあ……」

 雪乃はよくわからないまま頷いた。


「あの、凛子さんって、その、結構知ってるみたいですけど、城崎さんと付き合いが長いんですか?」

 雪乃の質問に、凛子は一瞬キョトンとしたが、すぐに笑いながら言った。

「ふふ。心配しないでよ。ただの腐れ縁。たまぁにこうして何人かで集まって飲む友達の一人よ」

「別に心配してるわけではないですけど」

 雪乃は慌てて言った。

「ふふ、可愛いわね。雪乃ちゃんは、城崎のどこが好きなの?」

「えっと」

 雪乃は、千草から頼まれたことを言うわけにもいかなかったので、とりあえず思っていることを素直に答えることにした。

「あの、前に助けてもらったので嬉しかったんです」

「ほうほう」

「あと、私イケメンと付き合いたいんです」

「ふふ、なるほど。そりゃそうだよね。私もイケメンと付き合いたい」

 凛子はクスクスと笑った。

「いいね、正直者。私、雪乃ちゃんの事好きだわ」


「ありがとうございます」

 雪乃は素直にお礼を言った。

「それにしても、大丈夫ですかね?結構怒ってましたよね?」

 雪乃は心配そうに言った。

 凛子はアイスを食べながら首をふった。

「平気平気。城崎を甘やかすのが得意な宮間と、何かと小器用な千草が、何とかなだめてくれるわよ。それにね」

 凛子はスプーンで雪乃を指しながら言った。

「城崎みたいな奴には、こうやってちょっと振り回してやったほうがいいのよ。キングみたいな横暴な奴には、雪乃ちゃんみたいなのはいい薬。むしろかえって雪乃ちゃんに執着しつつあるわよ?」


 凛子の言葉に、雪乃は目からウロコが落ちた。

「な、なるほど。私、あんまり恋愛慣れてないんで勉強になります!師匠!」

「師匠はやめて」

 凛子は本気で嫌そうな顔になった。


 ほんのアイスを食べ終えるまでの時間だけだったが、雪乃は凛子と親しくなって、連絡先を交換して別れた。

 別れ際、凛子は雪乃に言った。

「アイツ、ちょっとヤバイやつだけど、悪い奴ではないよ。あ、悪い奴かもだけど。もし何か城崎にムカつくことあったらいつでも連絡してね」


「はいっ」

 雪乃は明るく頷いた。


 家に帰り、スマホの電源をつけると、何件か城崎から連絡が来ていたようだったが、とりあえず今日は無視することにした。


 絶対に怒ってるだろうな。怒られるの嫌だからもう少しほっとこう


 雪乃は適当にそう考えて眠りについた。



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